側に
「透、何の真似?」
レイラは真っ青になって、立ち上がった。ちょうどアントンが紅茶を持って入ってきた。
「透、何かの冗談か? とにかく座ってくれ。レイラ様も落ち着いて」
アントンは透にレイラの向いのソファを勧め、座らせた。アントンが紅茶をコーヒーテーブルに置いて、透に耳打ちした。
「レイラ様は透が出て行ってから、ショックのあまり、殆どお食事を召し上がらなくなってしまった。この間は危うくアル中になりかけた。透が出て行ってから壊れてしまいそうだったんだ。それでも、やっと日本まで、透に会いに来た。お願いだから、さっきみたいな事はやめてくれ」
透は驚いて、アントンを見返した。アントンが小さく頷いて部屋を出て行った。
「透は元気そうだね。元彼女の所へ行ったと思えば、今度はお見合い?」
レイラが辛辣に批判した。
「ハンナはインターセックスの研究で第一人者だから、何か助言をもらえないかと訪ねた。お見合いだと誰から聞いたんだ? 匠か? それに、もう私には用は無いだろう? そうであれば、私が何をしていようが勝手じゃないか」
つられて、透も刺々しい口調になる。レイラの瞳から、さっきまで強く放たれていた光が、不意に消えた。
「用は無いだろうなんて、酷い……お見合い、熱心に話していたし……もう、私の事は忘れてしまうつもりなの?」
「ごめん……言い過ぎた」
レイラの瞳から涙が溢れ出した。透はレイラの隣に座り、そっと抱き寄せて、背中を優しく撫でる。撫でた指先からレイラの背中の骨がゴツゴツしているのが感じられた。
(こんなに痩せてしまって……私がこんな身体でなければ、レイラをここまで追い詰める事は無かったのに)
透は自分の体を呪う事しか出来なかった。
「ごめん……さっきは学園に所属している幼稚園について、改善できる点を話し合っていたんだ。彼女は幼稚園の先生だ。……忘れようと一生懸命になっていたよ……。レイラは私が男にも女にもはっきりと属していない事を気にしていた。その上、後継者の出来ない私との結婚は、家臣たちに反対されるのが目に見えているのだから、忘れるしかないじゃないか。それなのに、どうして訪ねて来たんだ」
「忘れようとしていたなんて……どうして訪ねてきた、なんて、酷い……。逢いたくなかったの?」
「逢いたくないなんて、思える筈がない。攫えるものなら、攫ってでも連れて来た。でも、それでは、レイラの国の人々が幸せにならない。……何かあったのか? まさか、国を捨ててきたとか……?」
レイラは首を横に振った。ひとしきり泣いて、ようやく落ち着いたのか、レイラは顔を上げた。
「透の告白を聞いて、驚いてしまったけれど……。驚いてしまっただけで、透がたとえ宇宙人だとしても、側にいてほしい事には変わりがないと気づいた。透はカテリーナの所で言ったよね、答えが二択しかないなんて有り得ないって。後継者の為に、別れるか別れないかの二択ではない答えを見つけた。家臣たちが気にしているのは後継者の事だけだ。そうであれば、家臣たちに文句を言わせない方法がある。透が、嫌だと言わなければだけど。それを直接、確かめたくて、ここに来た」
「その前に、私が完全な男性でなくても、子供が出来なくてもいいのか?」
レイラははっきりと頷いた。
「後継者さえ設ければ良いのであれば……体外受精がある」
「レイラは大丈夫なのか? 痛みを感じたりするかもしれないよ」
「一緒にいられない痛みに比べれば、そんな痛みは大した痛みじゃない。透こそ、自分と血の繋がらない子供を一緒に育ててくれるの?」
透も迷わずに頷いた。レイラは、ハッとした。口に出す事を迷った。透が気付いて促す。
「今、思いついたんだけど……。ほんの思いつきだから……。透の卵子と匠の精子を受精させて、私の子宮に……。そうしたら、二人の血を受け継いだ子供が産まれる……」
そう言ってから、言った本人が眉間に皺を寄せた。透は天井を見上げた。
「……匠は、まだそんな年ではないんじゃないかな? 聞いた事がないけれど……。それに、採卵するのであれば、私はホルモン注射をやめなければならない。私が女性化する姿を見たい? そんな姿を見たら、嫌になってしまうんじゃ無いかな……」
そう答えつつ、透は考え込んだ。
透は自分の子供を持つなど、考えた事もなかった。男性として生きている限り、男性として子供を作る事が出来る可能性がないのだから、考えた事などなかった。可能性があるならば、と思う気持ちと、匠を巻き込みたくない気持ちとが、透の中で同じ強さでわきおこった。
(匠はまだ中学生だ。自分は採卵など、色々なことを我慢できるとしても……)それに、透は何よりレイラに女性化する姿を見られる事も躊躇われた。注射をやめた事がないから、どうなるのか予測がつかなかった。
レイラは言葉に詰まった。「匠」と「透」の子供……。透の女性化……。どちらも、あまり考えたくない事だった。透をじっと見つめ想像してみたが、ピンとこない。合成だらけのチグハグな画像しか浮かばない。わかっていても実際その姿を見てどう感じるかは、そうなってみないとわからなかった。それでも、多分、何があっても側にいたいと、今は思えた。
透は、レイラが自分をじっと見つめて想像しようとしている事がわかった。想像して欲しくはないが、レイラは自分を受け入れようとしてくれている。それが、こんなに嬉しくホッとするとは思わなかった。
「その話は、匠がもう少し大きくなってから、考えよう。今は無理だ」
「じゃあ、体外受精の話は受け入れてくれるの?」
「レイラが子供の父親に惹かれなければ」
「透と結婚する為に言っているのに……。それに体外受精だ。そんなことを言うなら、透が子供の父親を選べばいい」
「ごめん、ちょっと嫉妬を感じたのかも……」
「嫉妬してるの?」
レイラは少し嬉しそうだ。
「喜ばれても……。私は生物学的父親にもなれないし、国の運営なんて……」
「透は何もしなくてもいい。側にいてくれるだけでいいから」
「それじゃあ、ボケてしまうから、当分、仕事は続けてさせて」
「いいけど……。行ったり来たりされるのは寂しいけれど。今日は……明日の、朝まで、ここにいてくれる?」
「何もしなくて、側にいるだけでいいなら」
返事の代わりにレイラは透の頬を両手で挟んでキスをした。互いに貪るように唇を吸い合う。そうしながら、もつれるようにベッドまで移動する。しかし、透は手を止めた。レイラが壊れてしまいそうな程、痩せ細っていた為、心配になってしまったのだ。
「駄目だよ、レイラが壊れてしまいそうで、怖い。食事をしよう」
「今は、食事よりも透が欲しい」
レイラが、灯りを消そうとした途端に、扉がノックされた。
「お話し合いの最中、申し訳ありませんが、透の母君が尋ねて来ました」




