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虜囚

「レイラ様、見つかりました!」

「どこにいた?」

護衛の一人が地図を差し出す。連合への加盟検討と同時に探していた人が、やっと見つかった。

「そういえば、健斗は?」

「どうやら、我々がコンシェルジェに指示した通り、これから勧められた牧場に行ってバーベキューをするようです。陽動作戦に関わっているとは知らず、呑気な奴です」

「十中八九、バーベキューをしている所を狙われるだろう。誰か、すぐに牧場へ行って、健斗を狙うスナイパーを生け捕りにして来い」

「レイラ様、健斗が殺されると、大村が騒ぎますよ」

「そうだな。誰か、助けに行ってやれ。騒がれても困る。健斗には透の身代わりになってもらったのだからな」

レイラは何でもない事のように呟いた。アントンは、うっかりでも透の唇に触れようものなら、レイラに殺される可能性がある為、透と至近距離にいないようにしようと、と肝に命じた。


 バーベキューをしている最中に、健斗は急に横から突き飛ばされた。文句を言おうとしたが、同時に銃声が聞こえ、銃弾が腕を掠めた。突き飛ばした相手はレイラの護衛の一人だ。身振りで地面に伏せるように、健斗と通訳に伝えてくる。健斗は真っ青になって、地面に伏せた。牧場の林の方で銃声が何発かし、静かになった。

 護衛が健斗にそのまま伏せているように、身振りで伝えると、身を低くして銃声の方へ走って行った。護衛に囲まれた男が、車に乗せられ、連れ去られたのが健斗のいた場所から見えた。

 健斗と通訳の者は、そっと身を起こした。幸い怪我は弾丸が掠めた腕はかすり傷だった。もう大丈夫らしいと、慌ててバーベキューの残りを平らげ、ホテルに戻った。ホテルについてから、健斗はスマホに追加で写真が送られてきていた事に気がついた。


 レイラは護衛に命じて、捕らえたスナイパーから情報を引き出した。スナイパーは、レイラの日本人の恋人が来ていると言う情報を得て、将来のサファノバ王家の子孫を断つ為と、レイラが同盟加盟を撤回するよう仕向ける為に送られてきたと白状した。

 スナイパーを締め上げ、その話を録画した。それを持って、レイラは護衛が示した地図の場所へマルコヴィッチだけを伴って、セスナで飛んだ。探していた人の家の前まで、セスナで乗り付けるのはあまりに非礼なので、屋敷を取り囲む広大な森の外にセスナを着陸させた。その人は厳重に守られていると思っていたが、森の外には兵士はいなかった。森の中には人の気配がしたが、何事もなく通り抜けることが出来た。大きな屋敷の入り口には護衛と思しき人物が二人ほどいるだけで、レイラとマルコヴィッチは何事もなく、あっさり玄関までたどり着いた。


 レイラが探していた人は、大国の大統領の元ファーストレディだ。サファノバはレイラの母親の時代から、大国の大統領が送り込んでくる暗殺者に悩まされていた。大国の現大統領に大きな影響を今も与えていると噂される元ファーストレディに、直談判してみようとレイラは考えた。ただ、もう影響力はなく徒労に終わるかもしれず、逆に影響力の大きさから会いに行く過程で殺される可能性もあり、今まであえて探そうとしなかった。

 だが、透から同盟加入を勧められ、匠の安全と、何より透に来てもらう為に、いつまでも暗殺に怯えて暮らしていくわけには行かないと決心し、レイラは一か八か直談判をする気になった。万が一、その途中で、自分が倒れたとしても、匠がいる。透には何も影響が出ない。

 大国から暗殺者が来るという情報が入った為、レイラは万が一のことを考え、透との繋がりを絶った。暗殺者はレイラの「恋人が日本から来た」という誤った情報を得て、派遣されたようだった為、レイラは健斗を恋人だと勘違いされるよう、毎日会い、観光にも連れ出した。レイラの思惑通り、健斗は日本からきた恋人と勘違いされたまま、狙われた。いわば透の身代わりだった。おかげでレイラは、健斗を囮にして捕らえたスナイパーから自白を引き出す事が出来た。


 大統領の元夫人に会いに行く危険性を護衛たちが心配して、レイラを止めた。

「匠と透が無事でいてくれればいい。それに、私はそう易々と殺られるつもりはない」

と護衛たちに言い含め、レイラは飛んで来たのだった。


 レイラが扉の呼び鈴を鳴らしても、扉脇に立っている相手方の護衛は何もしない。中から、大統領と同年齢くらいの女性が出てきた。

「カテリーナ様でしょうか。私はサファノバから来ました。レイラと申します」

「初めてかしら? よく訪ねて来てくれましたね。ちょうど退屈していたところよ。ささ、中にお入りなさい。後ろの方もどうぞ」


 命がけで来たつもりだったが、拍子抜けするほどあっさりと、レイラたちは中に通された。レイラが突然訪ねてきた理由を話すと、元ファーストレディのカテリーナはしばらく沈黙した。今回の暗殺未遂の証拠として、スナイパーの自白の動画を見せた。やはり、駄目なのか、レイラは落胆した。しばらくして、カテリーナは、

「元夫が、サファノバにそんな酷い事をしていたとは……。それは、可哀想な事をしましたね。亡くなった方を取り戻すことはできませんが、私で力になれれば、これからの事はなんとかしましょう」

と約束してくれ、お茶を振る舞ってくれた。

「もう暗殺者は現れないと、そう考えてよろしいのでしょうか。私にはもう、息子しか残されておりません。これ以上、失えません」

「後で電話して元夫に話します。元夫には新しい妻がいますが、昔からプライベートをとても大事にしています。だから、プライベートをバラすわよ、とでも言えば聞いてくれるでしょう。酷薄そうに見えて、案外優しいんですよ」

優しいには肯けなかったが、レイラは安堵のあまり気が緩んだせいか、透明な滴が頬を伝った。カテリーナがそれをそっと拭ってくれた。

「なんて美しい涙を流す人なのでしょう。これ以上、貴女が悲しみの涙を流さないようにしますから、安心なさい。明日までゆっくりしていって頂戴」


 カテリーナが面白おかしく、大統領のエピソードを話してくれたおかげで、レイラはすっかり安心して寛いだ気分になった。あちこちに暗殺者を放っている本人は、家族を暗殺者から守る為なのか、秘密主義者なのか、自分の子供たちは偽名で学校に通わせ、住んでいる所も明かさない。今や子供たちは成長し、どうやら孫もいるようだった。だからこそ、元妻も所在を隠されていた。ただ、現在の妻よりは警備など手薄なのかもしれない。


「女王、こんなことを聞いては失礼かもしれないけれど、貴女は家族が次々と不幸な目に遭って、何を支えに生きて来る事が出来たの?」

「母と同じで、国です」

「それだけじゃないでしょう? 表情が生き生きしているもの」


 レイラにとって日本で過ごした時代だけが、自由で鮮やかな色彩に彩られていた。なんとか守っていた子供が死んでから、レイラの周りから僅かながら残っていた全ての色が消えた。子供と自分が暗殺に怯えながら、生きていること自体、もうすべて白黒のガラスを隔てた世界のような気がしていた。レイラにはもう何も、残っていなかった。子供が生きていた間は、守ることが優先だった為、自分を律していた。

   

 子供を亡くしたレイラに、ただ、一つだけ、希望があったとすれば、日本に行ってみる事だった。全てが別世界だった日本に行き、いつの日か透に逢う事ができる、レイラはそれだけを心の支えにしてきた。もし、まだ透が独身だったら、もし、まだ透が自分を覚えていたら。もし結婚していたとしても、男装したまま友人としてでも、会いたかった。いくつもの「もし」だけがレイラを支えた。

 レイラは透の元気な姿を見たかった。一番楽しかった時期の楽しかった思い出、それを象徴する人物が透だった。レイラにとって、それ以外に希望は無かった。

 レイラは子供が亡くなって一年、喪に服した。子供が亡くなってから、レイラは壊れ始めた。レイラの様子を見るに見かねた護衛たちは大臣に内緒で、レイラの日本行きを手伝ってくれた。レイラは昔お世話になった人に、透が独身かどうかを尋ねていた。独身であると聞いて、暗殺の心配を切り抜け、日本に飛んだ。後から来たメールを飛行機の中で読むと、透は入院中だとあった。


 レイラはカテリーナに問われるままに、大切な人がいると話した。カテリーナは興味を持って、どこにいるどんな人かを詳細を知りたがった。レイラは年上の友人に話すような気持ちで、問われるままに答えてしまった。


 翌日からレイラは、カテリーナの屋敷に軟禁された。屋敷の中の奥まった一区画は自由に歩いて良いとされたが、それ以外の場所は出入りする事が出来ない。外にはいつの間にか、見張りが増えている。カテリーナは言った。

「退屈だから、もうしばらく、悪いけれど私の相手をしてくれるかしら」

悪意は籠もっていない様に聞こえた。レイラには、悪意がない分、たちが悪い様な気がした。早く帰国しないと、皆が心配すると言っても、聞いてもらえなかった。

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