エピローグ
「世界一、可愛いよ。こんなに可愛いなんて、もうどうしたらいいのか、分からない......」
甘いとろける様な声で、レイラの隣にいる人物がアンジェリーカを抱いて話しかけている。レイラが複雑そうな表情で、自分を差し置いて、そう言い放っている人物を眺めやる。アンジェリーカも可愛がられているのがわかるのか、透にべったりだ。
「今夜は、隣に寝かせよう」
「駄目! 寝相が悪いと、アンジーが潰れちゃうかもしれない。アンジーは、自分の部屋で眠る」
「こんなに小さいのに?! 日本では、親子は川の字になって眠るんだよ」
「え!? 子供と一緒に眠るってこと?!」
「母親と父親の間に子供が眠るんだよ」
レイラはショックを受けた。
「欧米やサファノバでは、子供は赤ん坊でも、自分の部屋で眠る。そうしないと、親のプライベートな時間が無くなるし、子供は自立できなくなる」
「こんなに小さくて可愛いのに、一人で眠らせるなんて……泣いたらどうするんだ? 私がアンジーの部屋で眠るよ」
「絶対に駄目! 乳母がいるから大丈夫だから」
「レイラ、もしかして焼き餅を焼いている?」
「ち、違う。習慣の違いだから……」
「じゃあ、今日だけ。明日からは、アンジーはアンジーの部屋で寝かせるから」
透の必死の懇願に、レイラは折れた。
(久しぶりに再会したというのに……。アンジーに夢中なんて……透がこんなに嬉しそうだなんて……私も嬉しいはずなのに)
透は片時も、アンジェリーカから離れない上に、アンジェリーカばかり見ている。
いつしか、遊び疲れたアンジェリーカは眠ってしまった。透はそっと、アンジェリーカをベビーベッドに寝かせ、迷ったようにうろうろし、暫くしてやっと決心したようにレイラの横に、少し離れて腰を下ろした。レイラは気がついた。透はさっきから目を合わせない。
「……レイラ、本当に有難う」
「アンジーの事? ねぇ、どうしたの? 目を合わせないなんて……何か隠している事でも、あるの?」
透は慌てて首を横に振った。
「何も……レイラが……こんなに……綺麗だった事に驚いているだけだ……」
透は照れたように下を向いた。
「……透……」
「レイラが、待っていてくれて、嬉しかった。意識を取り戻した時、こんなにも時間が経過していて、もう何もかも手遅れだと思ったんだ……。私はきっと、死んだと思われていただろうし、レイラは、家臣からすぐにも、と世継ぎを望まれていたから……」
「……私はあの日から絶望に支配されて、何もかもどうでも良くなってしまったんだ。女王失格だな……。でも、匠が駆けつけてきてくれた。それから、アントンから『透は何の為にロンドンに行ったのですか』と言われなければ、きっと、透の言うように手遅れだったかもしれない……アントンに感謝だな。透、戻ってきてくれて、生きていてくれて、有難う」
「……何だか、久しぶりすぎて、どうしたらいいのか……」
レイラが透を抱きしめた。
「本当は、戻って来ることが怖かった。意識を取り戻してから、すぐにサファノバの……レイラに関してのニュースを探した。いくら探しても見つからなかった。だから、直接確かめるしかなくて……。見学コースから外れて、庭へ周り、こっそり覗いて、もし……君が他の誰かと幸せそうにしていたら、そのまま帰国しようと思っていた……でも、一緒にいたのは匠とアンジーだった。『お帰りなさい』と言われて、本当に嬉しかった……」
透の目から涙が一筋零れた。レイラはその涙を細い指先で拭った。
「これは、夢じゃない?」
「確かめてみる?」
透はレイラにそっと、唇を合わせた。触れ合った瞬間、二人は色々な感情が一気に湧き上がり、お互いの存在を確かめ合うように抱き合い、お互いにキスの雨を降らせた。
途端に、アンジェリーカが目を覚まして、泣き出した。二人は同時にアンジェリーカに手を伸ばし、顔を見合わせて微笑んだ。
長い物語にお付き合い頂き、有難うございました。一言でも良いので、感想など頂けましたら幸いです。
新しい物語を執筆中です。次作も、読んでいただけますと幸いです。