過去の記憶は思い出すに辛い
その日は、ショウの何度目かの誕生日だった。
「お兄ちゃん、いる?」
「ああ、ナナコ。きょうは、早かったんだね」
いつもより早くショウの店を訪れたナナコは、両手に大きな袋を抱えていた。
「だってきょうはお兄ちゃんの誕生日じゃない。ごちそう、つくるね。待っててね」
うきうきと台所に向かうナナコの背中に、ショウは言葉をかけた。
「うん、ありがとう。あ、あとで、話したいことがあるんだ、ナナコ」
「わたしも。あ、あれ? ……あ、やだ、プレゼント、忘れてきちゃった……」
「え?」
「ごめん、お兄ちゃん。ちょっと取りに帰ってくるよ」
「あとでもいいよ、あしたでもあさってでも」
「だめよ、誕生日に渡さなきゃ、プレゼントの意味がないじゃない」
家まですぐだから、待っててね――それが、ショウが聞いた、ナナコの、最後の言葉になった。
今も、ショウの耳の奥には、あの時ナナコにぶつかったトラックの衝撃音と、立て続けに響いた救急車のサイレンの音が聞こえることがある。ナナコはショウへのプレゼントを手にして、店に戻る途中、飲酒運転のトラックに轢かれたのだった。
即死だった。
病院で動けなくなっているショウのもとに、医者が「ナナコさんが最後まで握りしめていました」と、懐中時計を持ってきた。ナナコごと轢かれたその懐中時計は、当然、動いてもいなかったし、あちこち傷だらけでぼろぼろだった。時計のフタの裏側には、なにか英語で文字が彫り込んであった。ナナコが特別に彫ってもらったのかもしれない。あるいは自分で彫ったのかも。だが、その文字すらも、傷とへこみとで部分的にしか読み取れなかった。
しかも部品がほとんどない。修理を生業として生きている自分でも、この状態では到底元通りにはできないとあきらめたくらいだった。
冷たい病院の廊下で、ショウは時計を握りしめたまま、ただただ涙を流していた。
彼はどうしたらいいのか、これから自分がどうするべきなのかを、まったく見失っていた。
かつ、こつ、と、ゆっくりした足音が、彼の耳に届いた。
「お気の毒さま」
大人びてしゃべるその少女の言葉は、どこかぎこちなく聞こえた。
「君は……誰だ……?」
「その時計。の、部品」
「部品……?」
「その時計とともに、あなたの時間は止まってしまった。もういちど、動かしたいと思わない?」
「……ナナコのいない世界で……動く時間なんて、意味、ないよ……」
「あなたはナナコになにかの未練があるのね?」
「え?」
「もういちど、ナナコに逢えるきっかけをつくるには、その時計を直すしかないの。散った部品を、かき集めて」
その少女こそがホーロだった。
「かき集めて……?」
「時計の部品は【時の間】に散らばった」
「……【時の間】……」
「あなたとナナコの想いが強すぎたから。【時の間】は、想いのさまよう場所なの」
「部品は……どうやったら、集まる……?」