【時】からこぼれた少女はどこから来た
店の改装がキョウコの手で行われてから何週間かが経った。ようやく開店を認知されたショウの店は、それなりに繁盛し始めた。
キョウコは自身のバイトの合間を縫っては、ショウの店を手伝ったり、改装の続きに取り組んだりと、すっかり店になじんでいた。
この日も、時計の針が取れてしまったという客が、ショウのもとを訪ねていた。客にお茶を出しながら、その客相手に自分が【仕事】できるかどうかを見極めるのは、ホーロのやることだった。
ただ、キョウコが手伝うときに限って、あまりホーロの【仕事】はなく、それが、キョウコにはなんだかつまらなかった。
お茶のカップを渡したあと、そっと客のそばから離れたホーロに、キョウコはこっそり聞いてみた。
「どう?」
「うーん、ハズレ。特になにもないひとみたい」
「そう……」
「どうしたのキョウコ、つまんなさそう。……ショウからなんか聞いたの?」
ホーロはうかがうような視線をみせた。彼女としては、ショウが何かいらぬ発言をしたのではと疑ったのだった。
「や、別になにも? ただ、もういちど、【時の間】見てみたいなあって……」
明るく言ったキョウコに、ホーロはすこし、ホッとしながら答える。
「無理よー。ほかのひとの時間をのぞくことはできないの」
「そうなの?」
「そのひとの時間は、そのひとだけのものだもの」
おお、深い、とキョウコはつぶやいた。自分の時間は、自分だけのもの。言われてみれば、確かにそうだった。
雑談の間に、ショウの修理は終わった。腕はいいのだ、ひととのコミュニケーションがとりづらいだけで。ショウに会計を頼まれて、キョウコは客をレジまで案内していった。
「キョウコのおかげで、お客さん、うんと増えたね、ショウ」
ホーロがしみじみと言う。
「そうだねえ。ホーロが仕事できるひとも、そうじゃないひとも……先月までの三倍か四倍は来てるよ」
「もやしに毎日ベーコン混ぜられるようになったしねえ」
「ありがたいことだよ。そろそろバイト代考えなきゃ」
申し訳ないことにいまこの瞬間に至るまでキョウコはただ働きであった。厳密に言うならもやしのまかないつきではあったが、それにしてもショウにとって、キョウコのお人好しさには頭が下がる思いだった。
「……パーツは、どんな感じ?」
「うん……ようやく半分を越えたよ。ホーロとロギウムが頑張ってくれるから。ありがとう」
素直に感謝の意を伝えたつもりのショウだったが、ホーロはシビアな瞳をショウ
に向けた。
「仕事だって言ったじゃない。ショウの時計が完成するまで、わたしはずっとここでこのままなんだもの」
間があって――ショウは思い切って聞いてみた。
「ホーロ。ずっとここにはいられない?」
「それは前にも言ったはずだけど。わたしが組み込まれて、時計が完成したら、それで終わりだって」
「ねえ、あのさ、……そのまま、じゃ、だめだろうか」
ホーロはキッとショウを睨んだ。
「ショウはナナコと最後の話をしなきゃいけないのっ。そのために時計を直すってがんばってきたのに、わたしがずっとここにいたんじゃ意味ないでしょっ」
「それはそうだけど」
「それに! ショウ、ホントに時計直すつもりある? たまに、フリだけして、作業してないよね? まるでわざと作業遅らせてるみたい!」
「そっ……それはその……」
もごもごと煮え切らないショウに、ホーロはもう一度説教するつもりで息を吸った。だが彼女はそのとき、部屋の隅に信じられないものを見た。
無言のまま、ショウとホーロを見つめる、ナナコだった。
「ナナコ……!?」
「え?」
ショウはその言葉に、思わず振り向き、そして言葉を失った。間違いなくナナコだった。なぜ。なぜここにナナコが――
だがナナコは何も語らない。悲しそうな瞳でふたりを――もっと言うなら、ショウを――見つめ続けていた。
「ナナコ? なんで……!?」
「ここ、現実よね。【時の間】じゃ、ないよね!?」
「いや、そうだよ、だって、ホーロがここにいるし、でも……!」
そのとき、ナナコの口がふわっと開いた。
「――――お兄ちゃん」
ナナコにそう呼ばれたうれしさが、ショウの理性を吹っ飛ばした。
「ナナコ…………!!」
ショウはふらふらとしながら、ナナコのもとへ行こうと歩きだす。
これはまずい、と思ったホーロは、ショウの服を必死に引っ張って、その歩みを止めようとした。
「だめ、ショウ! ナナコは時間からこぼれたんだよ!? さわったら……なにが起こるかわからないよ!」
「あれは……でも、あれは、ナナコだよ、ぼくの妹の……ナナコだよ……!」
「それはわかるよ! わかるけど、だめ!」
ホーロの力ではもう、ショウを止められない。彼女が思わず手を放してしまったそのとき、キョウコが慌てて走り込んできた。
「ショウさん!」
「キョウコ! ショウを止めてー!」
「ショウさん!」
ショウはなおも、ふらふらと動く。おそらくすでにホーロどころかキョウコも視野に入っていない様子であった。彼はまっすぐにナナコに手を伸ばし、近づこうとしていた。
よくわからないがやるしかない。キョウコは意を決して、ショウの目の前に飛び出す。そのまま、両手でショウの首筋をはさみこむ形で、チョップをお見舞いした。
「やー!」
ショウの喉あたりから「ヴ」という声が漏れて、彼は膝からその場に崩れ、動かなくなった。
「キョウコ、すごい!」
「去年、バイトで護身術インストラクターしてたから……まさかこんなとこで役立つなんて思わなかったわ」
「ショウ、起きないけど、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、ホーロちゃん、氷持ってきて」