楽しそうな少女は結構訳アリ
翌日から、キョウコは大荷物を抱えて店にやってきた。本気で店を改装するつもりらしく、「これでもDIYは得意なんだから」と彼女は胸をはった。とりあえず玄関周りから掃除と改装をやる、と息巻いて、彼女はツタを刈ったり看板をいったん外して磨いたり、それはもう大忙しであった。
「よっぽど長いことほっといてたのね、お客さんが来ないわけだわ」と言いながら、キョウコはホーロの入れてくれたお茶でひと休みをする。
「ごめんねキョウコ、わたしにどうにかできればよかったんだけど」
「ううん、ホーロちゃん小さいんだもの。……ショウさんはなにもしないの?」
「基本的にはなにもしないの。時計直すのに必死だから」
「時計って、お客さん来ないのに?」
ショウは作業机で相変わらず時計をいじりながら、ふたりに声をかける。
「悪口は聞こえるんだよ、ふたりとも」
キョウコとホーロは思わず顔を見合わせてぺろりと舌を出す。ホーロがとりあえず「はあい。ごめんなさい」と謝ってみせた。
「それって、お客さんの時計ですか」
「違うよ。ぼくの時計」
「ショウさんの?」
そういえば初めて会ったときも持っていた時計だ、とキョウコは思った。余程壊れ方がひどいのか、それとも精巧なのか、と考えたが、彼女の心をおもんばかったホーロが、キョウコを見上げながら言った。
「あれはちょっと特別な時計なの。部品がすごく手に入りにくくってね」
「手に入りにくい?」
ならばとても精巧な時計に違いない、と、このときのキョウコは考えていた。
「お客さんがたくさん来てくれたら、そうでもないんだけど」
だから、ホーロのこの言葉に、深い解釈はしなかった。
「じゃあ、なおさら表を改装しなきゃね」
ホーロはうれしそうに、キョウコに抱きつく。
「キョウコが来てくれてよかった! いっぱいお客さん来ますように」
ホーロはキョウコから湯飲みを受け取ると、台所に走りながら、言った。
「お昼のもやし、いっぱい食べていいからね!」
「あ、おかまいなく! ……でもやっぱりもやしなのね」
キョウコは苦笑して、ツタ刈りの続きをやるつもりで部屋を出ていこうとした。
その背中に、作業しながらではあったが、ショウが声をかけた。
「ありがとう」
「え?」
人とコミュニケーションをあまりとらない彼にしては珍しく、ショウは言葉を探しながら、キョウコに続けて話しかける。
「ホーロがあんなに楽しそうなのをはじめて見た」
「そうなの? ホーロちゃん、まだ小さいし、友達はいないんですか」
「……ホーロ自身が前に言ったね、自分は人間じゃないって」
「え、あれって本当なんですか」
ホーロに初めて会った日の、あの身体の冷たさと、不思議な脈の打ち方を思い出しながらではあったが、キョウコは茶化すつもりで聞いた。
「……君は冗談かノリで【時の間】に行ったと思ってるの?」
「夢か催眠術か手品かなんかだと」
まあ、普通のひとならそう思うだろうね、と、ショウはつぶやいた。
だとしても、それにしても、と、キョウコはつなぐ。
「なんでショウさんはホーロちゃんと住んでるんですか? ショウさんも人間じゃないんですか?」
「ああ、いや、ぼくは人間だよ、正真正銘の。ただほんのちょっと、事情があって、ホーロと住んでるだけさ」
「ふうん」
奇妙な間が生まれた。それ以上を突っ込まないキョウコに、ショウはいぶかった。
「……聞かないの?」
「聞いたら話してくれるんですか?」
彼はすこし考えて、そうでもない、と答えた。いま、事情を話したところで、なんになるというのか、と思ったのもあるし、普通の人間には――この場合は、キョウコであるが――とうてい信じられる話でもないだろうと思ったのも、確かだった。
「じゃ、聞きません。いま、じゅうぶん、楽しいし。知るときがきたら、それはそういう流れなんだろうし」
「ずいぶんとドライだね」
「わたしはショウさんとホーロちゃんと、あと、おっきなホーロちゃんに助けてもらいました。それだけは事実ですもん」
わたしはいま知ることができる事実だけでじゅうぶんですよ、と、キョウコは笑った。
「キョウコちゃん……」
「もっと、わたしみたいに、救われるひとがいるといいですよね。さて、お昼までもうひと頑張りしてきまーす」
こういう彼女の明るさが、いままでの困難な局面も乗り越えてきたに違いない、とショウは思う。そして、それが心底うらやましいとも。彼はすこし笑うと、作業を再開した。
しばらくして、彼は部屋の隅に、なにかの気配を感じた。
「――――え?」
誰かに呼ばれた気がしたのである。だが……そこには誰もいなかった。
気のせいだったろうか。ショウは再び、黙々と作業を続けるのだった。