やたら元気な彼女は突っ走る
店に戻ったホーロはすっかり元気になっていた。
「お客さんなんてひさしぶり!」
言いながら、お茶の準備をする。
「なんだ、近所の時計屋さんだったのね」
「君はこの近くに住んでるの?」
「そう。へえ、お店、やってたんだ……」
なーんだ、というふうな女性に、ホーロは不思議そうな顔をした。
「え、毎日、開けてるんだけど」
「え、みんな言ってるよ、ここ潰れたんだろうって。あんまりボロっちいから」
その言葉にショウは軽くどころか相当なショックを受けた。彼としてはアンティークなつもりだったとみえ、
「…………ボロ…………」
つぶやいて動かなくなった。
「ここんとこ閑古鳥な理由がようやくわかったわ」
「閑古鳥だからご飯もやしだったのねぇ、気の毒。それにしてもこんなちっちゃい子にもやししか食べさせないなんてホント虐待よ。そのうち通報される前にわたしが!」
再びおかしな正義感を燃やしだした女性に、我に返ったショウは慌てる。
「また! ホーロはそもそも何も食べなくても大丈夫なんだよ!」
「何その理屈! 宗教? 宗教ですかソレ?」
「違うってば!」
「違うのよー」
ホーロはのんびりとショウの言葉をなぞる。女性はもっと慌てた。これは洗脳とかそういう類の何かではないだろうかとまで考えた。
「もやしちゃん、イヤなことはイヤって言わなきゃだめよ、殺されちゃう前に逃げるのよ!」
「違うのー。わたし、人間じゃないもの」
「は?」
突飛なことを言いだしたホーロに、女性はあっけにとられた。さっき脈をとったときの、不思議なリズムが指先によみがえった。
ホーロは彼女の周りをくるんと回ると、ショウに向き直る。
「ショウ。このひと、わたしの【お客さん】みたい」
「そうかい? ……ええ、と、君、名前は……」
「え、キョウコ、です。寺西キョウコ」
ホーロは目を閉じて、キョウコの身体に手を触れる。
「キョウコ、ね。時計、持ってるでしょう?」
「え、ええ、これ……」
キョウコは自分がつけている腕時計を示した。
「それ、貸して」
「時計を? え、まあ、いいけど、なんで、」
誰もそれには答えなかった。
キョウコは戸惑いながら腕時計を外すと、ホーロに渡す。
ホーロは片手にキョウコの時計を持ち、もう片方の手をキョウコとつないだ。
「じゃ、行きましょ」
遠くで時計の秒針を刻む音がする。
「どこに?」
ショウが静かに答えた。
「【時の間】だよ」
「とき……?」
「いってらっしゃい」
かち、と、時計の針が合う音がした。
一瞬だけ、キョウコの意識は遠のいた。