ふらふらの少女はいろいろが謎
元気よく外へ飛び出したまではよかったが、ホーロはすぐにふらふらと歩き方がぎこちなくなった。長くは外にいられない。せめて、ショウの時計がそばにあれば違ったのだろうが。
「うー……ほら、ね、もやししか食べてないとこうなるのよ。今夜はお肉にしてもらわ……な……きゃ……」
そういう問題でないことは、誰よりもホーロ自身がよくわかっていたが、いまさらそんなことを言ってみたところでどうしようもない。彼女はくたくたとその場に倒れ込んでしまった。
ちょうどそこに、若い女性が通りかかる。
「ありゃ。ちょっと、ちょっと、大丈夫?」
「だあれ……?」
ほわーとした意識のホーロに、もはや女性の姿はちゃんと見えていなかった。
女性は状況がつかめず、懸命にホーロに話しかけた。
「具合悪いの? おなか減ったの? 怪我したの?」
「もやし……」
「もやし?」
ホーロはそのまま意識を失った。
「ちょっと! 何、もやしって! あなたのお名前もやしなの? もやしちゃん! もやしちゃん!」
これは困った、と女性はつぶやいた。家でもわかれば送り届けるのだが、この辺では見かけない子だけに、届けようがない。ましてや「もやし」だけつぶやいて倒れられては、ヒントすらないクイズ番組のようだった。
女性はホーロの熱を確認する。身体は全体的にひんやりとしていたが、高熱が出ているようではなかった。
脈も確認してみた。……が、脈らしきものがおかしなリズムを刻んでいる。
「? なにこれ?」
そく、そく、という、まるで時計の針のような音とリズムが、彼女の指先に感じられた。人の脈ではあまり聞いたことのないそのリズムに、もう一度測ってみよう、と、手を伸ばしたそのとき、見知らぬ男性が走り込んできた。
それはショウだった。
「ホーロ、ホーロ!」
ショウは即座に、女性の腕の中で倒れ込んでいるホーロを発見する。
「ホーロ! わあああ、よかった、ここにいたあ」
「あ、もやしちゃんの家のかたですか。お父さんですか」
いやに若いお父さんだなと思いつつも、女性はすこし責めるような口調になる。
「は、はい?」
「もやしちゃん、ここで倒れたので……お父さんならちゃんと見ててあげないと」
ショウは状況が全くつかめない。
「何? もやしちゃんって。あとお父さんって」
「お父さんじゃない? じゃあ保育士さんですか?」
「いいいや保育士でもないよ! この子はうちの同居人!」
「ははあ、ワケありですね」
そりゃワケありはワケありだけど、とショウは慌てる。女性の視線は完全に自分を不審者としてかあるいは別の危ない趣味を持つ何者かとしてしか見ていない。
「ちょ、ちょっとやめてそういう誤解を生みそうな発言は!」
あまり外に出ることのないショウ自身、ここで通報などされたらどうしていいかわからなくなる。しかし女性は大変落ち着いていた。
「とにかく、もやしちゃんを」
「いやだからなんでホーロがもやしちゃんなの……ぼくが悪いの? ご飯もやしばっかりだったから?」
そこでなぜか女性はヒートアップした。
「ハァアアァアアァ!? ご飯がもやし?! オンリーもやし!?」
「……オンリーなんとかっていま流行ってんのそれ?」
「こんっなイタイケな子どもにもやしだけとか最低! 虐待でしょ虐待! おまわりさん! おまわりさんを呼びましょう! なんならテレビも雑誌もあとインスタとか!」
彼女は自分のスマホを手にとり、通話ボタンを押す一歩手前まで指を動かした。
「ちょっと! 大丈夫だから! ホーロ! 起きてよ、この子はね、別に、」
わああと慌てるショウを尻目に、ホーロは女性の腕の中でぱちりと目を覚ました。
「どーも」
身体を起こしながら笑顔でそう言ってのけたホーロに、思わず女性も「どーもー」と返したが、そのあまりの目覚めの良さに、完全にあっけにとられた。
「あぁ、時計持ってきててよかったよ。またネジなくなってなきゃいいけど……」
「ショウ、来るの、遅いっ」
ホーロは元気に立ち上がってショウを責めた。ただ、それが別に怒っている風ではなかったので、ショウはそれはそれでホッとした。
「これでも全力で探したんだよ。……とりあえず家に帰ろう、そちらのお嬢さんにも、ホーロを助けてくれたお礼、しないとね」
「そういうとこ、ギリがたいのよねえ、ショウ」
難しい言い方をするホーロの手を引いて、ショウは店に戻ろうとする。
「大人として当然だと思うけどねえ」
そして、あっけにとられたままの女性を見ると、現時点で自分にできる最大限の笑顔を作って、言った。
「……あ、お時間よかったら、どうぞ。お茶くらいしかないけど、ごちそうします」
「え? あ、はあ……」
女性は首をひねりながら、ショウとホーロのあとを追った。




