作業中の彼は盛大にビビり倒す
ショウは店の表に【お休み】の札を下げて、作業中だった。だが途中途中、やはり手が止まって、先にはなかなか進まなかった。先程突然にホーロの姿が消えたのが、彼にとって気がかりではあったが――本日何度めかの休憩にしようと、ショウが顔を上げたそのときだった。
目の前にロギウムが立っていた。その距離十センチ。【時の間】と同じく、全身黒の服に身を包んだ格好だった。
「ワア!」
急なことに驚くどころではなく、ショウは椅子からはじけ飛んだ。
「これはごあいさつだな」
「だだだだ誰だってこんな間近にそんな格好で立たれてたらビビります!」
「脱げばいいのか」
「そういう問題でもなく!」
「じゃあなんだ、離れればいいのか」
「……せめてそれでお願いします」
ロギウムはショウの目の前から半歩だけ離れたが、ショウから「まだ近いいいい」と悲鳴をあげられ、「贅沢な若造め」と、もう一歩距離を置いた。
ショウはもうそれであきらめ、気を取り直した。
「……あなたが、ロギウムですね?」
「察しのいいことだ」
「ホーロが消えて、あなたがいた。そういうことなんでしょう。どうしてここへ?」
話の早い若者は嫌いではないぞ、ロギウムは満足気に言って、言葉をつないだ。
「礼……と、あとは世間話と思って聞け」
「あの、それにしてはずいぶん空気が重たいですが」
ロギウムの雰囲気自体がその場の空気を重たくしていた。
とても世間話のできる雰囲気ではない――ショウはそう思ったが、さすがにそこまでは言えなかった。
「性分だ。許せ。……さて、ホーロがずいぶんと世話になっている」
ショウはロギウムの言いたいことをなんとなく、半分ほどは察した。
「いえ。こちらこそ」
どうしても、型にはまったような返事しかできない。
「散らばった部品があとどのくらいで集まるかはわからぬが……それまではまだしばらく、世話になる」
彼はうつむいた。まだ、しばらく、という言葉が、いつかは来るホーロとの別れを暗示しているようで、嫌だった。
「強引に【時の間】に入ってきた女子が言っておったが、ナナコと逢うことを望んでいるそうだな」
キョウコのことだ、とショウは思った。心のどこかがほっとした。
「そうですよ」
「その割には時計の修繕をためらっているようにもみえるが?」
いきなり核心を突かれて、ショウはとにかく口を開くので精一杯だった。
「……そりゃあ……そうでしょう……」
「ホーロが消えるからか」
また核心を突かれた。しかも相当深いところを。ショウは今度こそ返事もなにも思いつかず、ただロギウムから目をそらした。
「まったく人間というのはよくわからぬ。パーツが元に戻ったところで何を悲しむ」
ショウがその言葉にカチンとする。彼には珍しい、言葉を荒げた反論だった。
「――あなたにはきっとずっとわかりませんよ! それだけ、あの子と過ごした時間が長すぎた!!」
「ナナコよりもか」
そんなの比較できるわけがない。ショウは黙った。
「人間の話し方のしきたりを知らぬから、無礼なら許せ、それも性分だ」
ロギウムは一度頭を下げた。偉そうには見えるが、礼儀は正しいのだ。
「パーツに戻っても、ホーロはホーロに違いない。いずれお前のその時計が媒介となり、もっとたくさんの人間の【時の間】へゆくことができるだろう」
「……え?」
ショウは話が呑み込めず不可解な顔をした。そういえば【時の間】に行くには、その人間の時計と、ホーロが一緒でなくてはいけない。ならばホーロがパーツに戻ればどうなる? 【時の間】には行けなくなる? 違う。いまロギウムはそう言った。自分の懐中時計が……ホーロの代わりをしてくれると……そう言った……?
「……待ってください、じゃあ時計が直っても……それで終わりじゃないということですか……」
「そもそも【時の間】へ人間をつれてゆける者は少ない」
ロギウムはそう言った。
それはそうだろう、そんな話、ショウだって、聞いたことはなかった。ホーロに会うまでは。
「お前に叶ったことを、つぎはほかの者に分け与えることだ。だから決して別れではないのさ。未来をどう生きていくのかは、お前の手の中に、必ず、ある」