守番はハチャメチャに気難し屋
その直後、以前に見た景色がキョウコの目の前に広がった。だが、以前よりは、明るい世界だった。
「ここが昇華したわたしの【時の間】……ほら! 来れたじゃない、ホーロちゃん! ホーロちゃん、いない? ……ああ、そっか、ここじゃ、おっきいホーロちゃんになるんだっけ……あれ? でもそっちもいないな? ホーロちゃん? おっきいホーロちゃん?」
キョウコは大声で「おっきいホーロちゃん」を呼んだ。
すぐに、【時の間】に、静かに入ってくる人影があった。
「【時の間】で昇華できた人間が、もういちどここにやってくるとは、前例がない」
「おっきいホーロちゃん! はいはい、わたし前例になりましたっ」
人影は全身黒の服を身にまとっていた。男性とも女性ともつかない中性的な見た目に堂々としたそのたたずまい、それはまるでなにかの守番のようだった。
手をあげて前例をアピールするキョウコに、人影はすこしむっとして言う。
「ホーロではない。わたしはロギウムという」
ロギウムの名乗りに、キョウコの感想はひどくシンプルだった。
「舌をかみそうなお名前ですね」
「ほっといてもらおう。何用でここに来たか……とは、聞かぬ」
「まあそうですよね。だってホーロちゃんと一緒ですもんね。知ってますよねえ」
「口の減らぬ女子よ」
キョウコはえへーと照れる。
「それが味なもので」
照れることではないっ、とロギウムにぴしゃりと言われ、キョウコは居住まいを正してはっきり言った。
「……で、ナナコさんに逢わせてもらえませんか」
「逢ってどうする……とも、聞かぬ」
その言い方にキョウコは若干イラっとする。こっちは礼儀正しくしているつもりなのだが、どうにも向こうの反応がつかみづらい。ほんとうにホーロと同一人物なのかも怪しいくらいだ。
「そういうめんどくさい持っていきかた、お好きなんですか」
「最近の若者は単刀直入が好きすぎていかんな」
いよいよキョウコはキレそうになった。
「でどうなんですか。逢えるの? 逢えないの?」
「逢える」
「やった!」
ヒューとキョウコは盛り上がる。すでにロギウムの言葉も聞く気がないその様子に、ロギウムは「ただし! たーだーし!」とオウムのように繰り返した。
「なんですかうるさいなあ」
「ただし、だ。話せるかどうかは、わからぬ。【時の間】に居る者は、考えも、想いも、ものの言い方も、長い時の間で凝り固まっているからな」
「ロギウムさんみたいに?」
「お前今すぐここから追い出すぞ」
「冗談です」
「最近の若者はみんなこうなのか」
「さあ」
互いのナチュラルすぎる反応が漫才の掛け合いのようになってきたところで、いい加減話が進まないとキョウコがなにか口を開きかけた瞬間、キョウコの【時の間】に、ナナコが入ってきた。
「ナナコ」
「来たーっ! あなたがナナコさんね!」
「……なんだか愉快に話していたから……」
「おおおおしゃべった!」
さっきまで「話せるかどうかわからない」と言われていただけに、キョウコの興奮と感動はひとしおだった。
「あれ愉快だったか」
ただしロギウムは非常に不愉快そうだった。ロギウムはロギウムで、なにか自分のペースが乱されているようで嫌だったそうだ、と、ホーロはのちにキョウコにそう語った。
「この前、ここにいたわね。あなたは、だあれ?」
「わたしは、キョウコ! あなたのお兄さん、ショウさんの、……えーっと」
関係性をどう説明したものかとキョウコは悩んだ。あれだけ手伝いをしている以上、ただの店主と客でもないし……
「あれ? この場合、なんていうのかな? 友達? 違うな、お手伝いさん、じゃないし、えーっと、……知り合い?」
「お兄ちゃんの? ……そう……」
ナナコはうれしそうな顔を見せた。キョウコはそれにすこしホッとした。ちゃんと笑顔が出せるんだ、と思った。
「ショウさんね、ナナコさんと逢って、話したいって思ってる。あの日に言えなかったこと、ちゃんと伝えたいって、それはね、」
瞬間、ロギウムがマントをひるがえした。
「そこまでだ」