そして彼女は再び【時の間】へ
そこまで話して、ショウは沈んだ。
「でもそうなれば、ホーロは消える」
「え」
「ホーロは……パーツだから。時計が直れば、そのひとつとして動いていくから。だからぼくは、そのままでもいいんじゃないかって、そう……思いはじめてる」
キョウコはああ、と声を上げた。ホーロが、自分たちと付き合い程度にしかものを食べない理由。人間ではないとの発言。初めて会ったとき、時計を持ったショウがそばに来た瞬間、ホーロの意識が戻った理由。
あの時計と、切っても切れない関係だったからだ。パーツだったからだ。
ナナコに逢うことと、ホーロが消えることと、どちらをとればいいのか、ショウ自身にもわからなくなっていた。
「また! ここまでがんばってきたのに!」
泣きそうな声で、ホーロはショウの服をぐいぐい引っ張った。
「あの……、だからじゃない?」
「え、なにが?」
急にキョウコが言って、ショウは戸惑った。
「ナナコさんが出てきた理由。ナナコさんも、ショウさんに逢いたいはずよ」
「ナナコが……ぼくに」
「だって、ショウさんだけじゃなくて、ナナコさんの想いも強すぎるから、【時の間】にいるんでしょ、ホーロちゃんそう言ったじゃない。ナナコさんはショウさんを待ってるのよ。早く早くって」
「キョウコちゃん……」
そこまで言って、キョウコはむーと考える。ショウがホーロに消えてほしくないというのも、キョウコにはわかる。時計が直らなくても【時の間】に行ける方法はないものか。
「ナナコさんに逢って、ちょろーっとでも話ができればいいのにね」
ホーロがすこし考えて言った。方法がないわけではない。
「お客さんの【時の間】に入れればね」
「ね、【時の間】って、ひとつしかないの?」
ホーロはキョウコに【時の間】について説明する。要するにひとひとりごとに小部屋になっていて、もとはひとつの大きい家のようなものだという。
「ミツバチのお家みたいな感じ。たぶんナナコはその中をうろうろしてるんだと思う。キョウコの【時の間】に入ったときも、ナナコ、いたから……」
「いたの! わたしの【時の間】に!?」
「いた。見たよ、さびしそうに立ってた。さっきみたいに」
「じゃ、わたしの【時の間】にもういちど入れば、ナナコさんに逢える!?」
「えっ!?」
「えっ!?」
ショウとホーロがキョウコの提案に声を上げたのはほぼ同時だった。
「そうだよね、ナナコさんに逢うには【時の間】に入らなきゃだし、いま、手っ取り早く入るには、わたしの【時の間】があるじゃない!」
「待って、キョウコ、キョウコの【時の間】にはもう入れないよ!」
「なんで」
キョウコは不服そうに言った。
「いちど昇華できたひとの【時の間】は、そう簡単に復活しないし、二度も三度も入ったなんて話、聞いたことないのよ」
「じゃあまだ昇華できてませーん! これでいい?」
彼女の勢いに、ショウは完全に引いていた。
「いやそういう問題じゃ……」
「キョウコはなんでそうまでしてナナコに逢いたいの?」
不思議そうに聞くホーロに、キョウコははっきりと言った。それはゆるぎない決意だった。
「ナナコさんの後悔を聞いてみたい。閉じ込められたままの想いは、どこにも行けないじゃない」
「キョウコ、でも、」
「いますぐ、時計が直らないこともわかってるし、ショウさんも、ナナコさんも、昇華できない、っていうのもわかってる。でもね、お互いの気持ちをすこしでもわかることができれば……先に進めるんじゃないかって、思う!」
「だからキョウコの【時の間】は」
「聞いたことがないなら実際にやってみればいいじゃない!」
キョウコは無茶苦茶ながらも、なるほど確かにそうかもしれないと思わせる理屈を口にして、自分の腕時計を外した。
「ホーロちゃん! これ、わたしの腕時計! 行こう、【時の間】に!」
ホーロはほんの少し迷って、キョウコから腕時計を受け取った。
「……わたしも、ショウがすこしでも進んでくれれば、うれしい」
「ホーロ……?」
「時計のフタ。なんて書いてあるのか、いまはだれにも読めないけど、きっとあれが、ナナコの気持ちの全部なんだと思う」
「あれが……?」
「フタね! 聞けたら聞いてくる!」
ホーロはキョウコの手をぎゅっと握った。その手は最初のときよりも力強く感じた。彼女にも、なにかの決意があったに違いなかった。
遠くで、秒針の音がする。
「ショウさん、行ってきます!」
ショウは何も言えなくなっていた。
「…………」
「ショウ!」
ホーロが泣きそうな声で彼の名を呼ぶ。
ショウは絞り出せるだけの声を、ようやっと絞り出した。
「気を、つけて」
時計の針がかちんと合う音を、キョウコは聞いた。