彼の後悔は【時】の中にある
方法はひとつしかない。【時の間】をさまよう、たくさんの想いを昇華させること。
ホーロはショウにそう告げたという。
「だからわたしはここに来るお客さんを【時の間】に連れて行っていたの」
キョウコちゃんもそのひとりだったんだよ、とショウは語った。
【時の間】で、わだかまっていた想い、取り戻したい過去を見ることによって昇華できたら、部品がひとつ、ショウの手元に戻ってくる。そういうシステムになっているのだとホーロは説明する。
「システム」
キョウコは似つかわしくない表現に苦笑した。
「ああ、でも、そのシステムの橋渡しをしているのが、ホーロちゃんと、おっきなホーロちゃんよね」
「部品も散らばっているけど、……いっしょに……ナナコも、【時の間】にいるの」
「それが、「時間からこぼれた」ってこと?」
ナナコの肉体は失われたが、想いだけが【時の間】に残っている。それは先にホーロがショウに説明したとおり、互いの想いが強すぎたからだという。
「ぼくが【時の間】に行って、ナナコと話をして、ぼく自身の後悔をなくさないと、ナナコはそこに閉じ込められたままだし、ぼくの後悔も……消えないんだ」
「ナナコは自分の意思で出られないし、わたしが連れだすこともできない。ずっと、ナナコは【時の間】をさまようだけなの」
「かわいそう。……あれ、でも、さっきはどうして、ナナコさん、ここにいたの?」
「わかんない。ただの幻かもしれないし……」
ホーロも詳しくはないようだった。それは先程の混乱からも見てとれるとキョウコは思った。だがそれよりも、キョウコには聞きたいことがあった。
「……ショウさんは、なにに後悔してるの?」
ショウはすこし苦笑する。
「――それは聞くんだね」
「ほんとうは両方に聞けたらいいんだけど。とりあえずショウさんのほうが早いし」
「とりあえずってねえ……――あの日ぼくは、ナナコに話をするつもりだったんだ」
どんな、と、キョウコは聞く。ショウはまたやさしい目をした。
「そのころのぼくはようやく仕事が軌道に乗って、ひとひとり養えるくらいにはなっていたんだ」
「オンリーもやしじゃ養うって言わないと思うけど」
「しっ」
「もちろんもやしだけじゃないよ、十分食べていけるだけ。だから、離れて暮らしてるナナコを、引き取ろうと思ったんだ」
「一緒に暮らそうってことね?」
それがショウの後悔だった。ナナコにさびしい想いをさせたという気持ちが、離れ離れになってからずっと、ショウの中にあった。
「それなのに、あの子はぼくが仕事を始めてから、ほんとうに明るく……こっちが、申し訳なくなるくらい、力になってくれたんだよ」
「だから、恩返しじゃないけど、これからは楽しく暮らそうねって伝えようとしたのね」
「いまさら伝えたところで、って、キョウコちゃんは思うのかな」
「ううん、いまさらなんて思わないよ。暮らすことは叶わないけど、いままでありがとう、ごめんね、を、ナナコさんに伝えることができれば、ショウさんの後悔は消えるんでしょ、わたしみたいに」
だが、ショウがショウ自身の【時の間】に行くには、壊れた時計を直さなくてはいけない。キョウコが【時の間】に行ったとき、ホーロが彼女の腕時計を握ったように、時計がそのひとの【時の間】へ行くための媒介になるからだ。それにはもちろん、散らばった部品が必要になる。
「全部部品が集まって、……さっき聞いたとおり、」
「ホーロちゃんが組み込まれて、時計が完成したら、ショウさんの【時の間】に行けるのね」