見習い料理人とおねショタ
「──取ってきました」
長さ五メートルほどの大きな丸太を二本、ガレイトが肩に担いでいる。
そしてその後ろには、カミールがすこし遅れるようにして、付いてきていた。
「お疲れ様です」
「おつかれさま、ガレイトさん、カミールくん」
「お疲れ様でござる」
イルザード、ブリギット、サキガケの三人が、カミールの住居から返事をする。
ガレイトはそんな三人を尻目に、ずんずんと進んでいくと──
ガコン。ガコン。
すでに何本か積まれてある丸太の山に、持っていた丸太を静かに置いた。
「どうだ、カミール、これで足りそうか?」
「うん。五人……おじさんで二人分くらいだから、これくらいあれば、六人でも問だいなくのれるよ」
「そうか。……それにしても悪いな。今まで作っていた船を変更させて」
「みんなでここを出るんでしょ? なら、ぼくひとり用のフネじゃのれないからね」
「……ありがとうな、カミール」
ガレイトは優しく微笑むと、カミールの頭にぽんと手を置いた。
あの後。
ブリギットが、ガレイトの問題について指摘した後、とりあえず一行は、その問題を保留にし、船造りに取り掛かっていた。
『──とりあえず、これからは、ガレイトさんが料理を作るとき、私が傍で監視しますので』
という、ブリギットの言葉を残して──
「……それにしても、カミール少年、キミはかなり船に詳しいようだな?」
丸太のささくれている部分を取り除きながら、イルザードが口を開く。
「え?」
「何か理由でもあるのか? 作りかけの船を見るに、独学でもなさそうだが……」
イルザードに尋ねられると、カミールは恥ずかしそうに、彼女から視線を逸らしながら答えた。
「ぼ、ぼくの父さんは船大工やってるから、たまに教えてもらってたんだ」
「ほう? ということは、少年は将来、父上に倣い、船大工になるのか」
その問いに、ガレイトとサキガケが顔を見合わせる。
「……ううん、ぼくは船大工にはならない。騎士になるんだ」
「騎士……?」
カミールの言葉を聞いたイルザードは、ガレイトに視線を向けた。
ガレイトはそれに気が付くと、ふりふりと首を横に振って見せる。
イルザードはコクコクと頷くと、改めてカミールの顔を見た。
「……なぜ、少年は騎士になろうと思ったんだ?」
「おい」
ガレイトとサキガケがすかさずツッコミがいれたが、イルザードはそのまま続けた。
「どこの国かにもよるが……騎士なんて職業、ロクなものではないぞ?」
「そ、そんなこと、ないよ……! カッコイイし……!」
「カッコイイ? ……まあ、外見だけ見てるとそうかもな。いいか、少年。騎士というのはつまり、ひと振りの剣と同じだ」
「剣……?」
「そう。護国の……国を守るための、な」
「どういうこと?」
「少年は、家族といるとき、ご飯を食べるとき、眠るとき、友人と話したり、遊んだりするときに剣……もしくはナイフを持つか?」
「ううん……もたないけど……」
「そう。剣とは、つまり騎士とは、日常生活において、まったく役に立たないものなのだ。さらに、その剣が切れる間はいいが、切れ味が悪くなったり、錆びてしまえばすぐに捨てられる」
「すてられ……そんな……」
「意志を持ってもダメだな。『あれを切ってこい』『これを切ってこい』そう命じられたのであれば、そうしなければならない。そこに疑問を挟んだり、考えを持ったりしてはいけないんだ。その上、昇進でもしなければ金も満足にもらえない」
「おかねが……?」
「それで、最も割に合わないのが、昇進する前──下っ端が一番危ないということだ。……たいていの人間は、騎士になる前に死んでいく。騎士になったからといって、安全というわけでもないしな」
「そんな……」
「カミール。キミは死にたいのか?」
「そういうわけじゃ……ないけど……」
「なら、騎士になるのは止めておいたほうがいい。騎士……つまり軍人というのは、くだらん血筋や家系だとかに縛られた人間か、それしか道が残されていない人間がなるものだ。自分から進んでなるものじゃない。……だが、極稀に、それで騎士になって活躍してる者もいる」
「なら、ぼくも……」
「しかし、そいつらはただの例外だ」
「いれ……だったら、ぼくもそれに……」
「……なあ少年、武器を握った経験はあるか?」
「え?」
「見知らぬ人間と争った経験は? 怪我を負わせた経験は? ……首を刎ねた経験は?」
「な、ないけど……」
「〝例外〟の人間とはつまり、キミくらいの年齢で、それらのことをひととおり経験し終えた者たちのことだ。頭のネジ外れていたり、考え方がぶっ飛んでいたりする連中だな。……見たところ、多少生意気そうではあるが、キミは立派に普通をやってのけている」
「ふつう……」
「……それに、私が思うに、船大工のほうが騎士よりずっと立派だと思うがな。大勢の人間を乗せながら、雨、風、波をものともせず、海を渡る。……そんなものを作っているのだから──」
「……あんたになにがわかるんだよ。騎士でもないくせに」
「騎士だよ。私は」
「おい、イルザード……!」
「すみません、ガレイトさん。もう少しだけ話させてください」
ガレイトはそれ以上は何も言わず、ただ黙って二人のやり取りに耳を傾けた。
「う、うそだ……! あんたが騎士なんて……」
「嘘じゃないさ。カミール少年の他に、この島にもいくらか人間がいただろう? ──私がその気になれば、全員殺せる」
目を細め、低いトーンで淡々と告げる。
イルザードが凄むと、カミールは顔をこわばらせ、その場にぺたんと尻もちをついた。
「……ま、そんなことするはずないんだが──」
イルザードは悪びれるように両手を上にあげる。
「わかっただろ? 少なくとも、カミール少年よりは、騎士について全然詳しい。そのうえで言っているんだ。忠告している。カミール少年は、こうなるべきじゃない」
カミールはそれでも何か言おうと、唇を震わせていたが、やがて、そのまま俯いてしまう。
「船大工は……いまは、なりたくてもなれないんだ……」
「……え?」
「お父さん、いま、ビョーキでねこんでて……だから、ぼくが代わりにおかねをかせがなきゃって。けど、お母さんや、ほかのみんなは、『いまはだいじょうぶだから』って……」
「なるほど。そうか、父親が……」
「でも、どんどんうちの……アカジ? っていうがひどくなっていって……だから、ぼくでもはたらけるようなところを探したんだ。……でも、ぼくみたいな子どもは、どこもはたらけないって、やとえないって言われて……」
「だからといって、騎士になるのは……」
「でも、ヴィルヘルムってとこが、騎士をぼしゅうしてるって聞いて……」
「え?」
「だから、ヴィルヘルム行きのフネにこっそり乗ったんだけど……あらしが起きて、気が付いたらこんなところに……」
そこまで言って、カミールが小さく嗚咽を漏らす。
それを見ていたサキガケとブリギットの二人は、カミールを励ますように寄り添った。
そして、イルザードは気まずそうな顔で、ガレイトのところへ向かう。
「どうしましょう。ガレイトさん」
「……何がだ」
「思いのほか、深刻でした」
ガレイトが、冷めた視線でイルザードの顔を見る。
「ああ、これは完全におまえが悪いな。というより、俺とサキガケさんが止めたのに、なぜ踏み込んだんだ」
「騎士になるって言ってたから……止めさせなきゃって」
「はぁ……」
「私、決死の覚悟で海を渡ろうとした少年を、ビビらせちゃいましたけど……?」
「『ビビらせちゃいましたけど……?』とか言われてもだな……」
「どうしましょう」
「……というか、丁度いいだろ」
「へ?」
「おまえが面倒を見てやればいい。幸い、おまえはヴィルヘルム・ナイツという騎士団の隊長殿なんだからな」
「ええ!? なんでですか!?」
「なんでって、あれほど踏み込んだのだから、最後まで面倒見るのが筋だろう。大人として、騎士として」
「おねショタですか!? 何をやらせるんですか、ガレイトさん!」
「おねしょ……? 何を言ってるんだ、おまえは」
「ほら、急に少年が『お姉ちゃん、なんだかあそこがムズムズするんだけど……』とかいう、スケベな流れに持っていくあれですよ!」
「おまえはまたそんな……」
言いかけて、「はぁ~……」、と特大のため息を足元に落とすガレイト。
「……ともかく、少額ではあるが、訓練生にも手当はあっただろう? ヴィルヘルムへ帰ったら、おまえの口利きで何とかしてもらえ」
「そう……ですね……」
「偉そうに説教した罰だ。子どもがここにいる時点で、何かあると思うだろう。……関わるな、とは言わん。せめて察してやれ。そのうえでさり気なく協力するんだ」
「……わかりました」
「あと、きちんと親御さんには連絡はしろよ。きっと心配しているはずだ」
「……はい」
「カミールの生活費もな」
「そ、それくらいなら……まぁ……」
「訓練もつけてやれ」
「……なんか、面倒ごとを全部私に押し付けようとしていませんか?」
「口答えするな。せめて、カミールの実家が最低限、回るようになるまででいい。それ以降は……すこし怖いが、おまえの裁量に任せる。送り返すもよし、そのまま登用するもよし」
「え? ……それって、やっぱりおねショ──」
「カミール!」
ガレイトがイルザードの言葉を遮るように声をあげる。
「な、なに、おじさん……」
カミールが近づいて行くと、ガレイトはイルザードの背中を押し、一歩出させた。
「じつはな、このヘンタ……お姉さんはな、いまカミールが言っていたところの、ヴィルヘルムで騎士をやっているんだ」
「そ、そうなの……?」
「ああ。だからな、ここから出たら、一緒にヴィルヘルムへ行こう。そこで、このお姉さんが、カミールを騎士にしてくれるそうだ」
「え? え? 本当に……?」
一転、目を輝かせながらイルザードを見上げるカミール。
イルザードはひとつ、咳ばらいをすると、カミールの両肩に手を置いて、口を開いた。
「ああ、問題ない。一緒に頑張ろうな、少年!」
「こら! イルザード!」




