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元最強騎士とセブンスカジキ


 バタバタバタ。

 船上が一気に慌ただしくなる。

 それも乗組員たちではなく、乗客のほう。

 乗客は、皆一様にその手に釣り竿を持ち、餌の付いた釣り針を海へと投げ込んでいたり、位置を変えたりしていた。。



「……イケメンさん、あれは何を?」



 その様子を疑問に思ったガレイトが、イケメンに尋ねる。



「おう、あれか? あれはな、釣りってやつだ」


「え? あー……えっと……」



 思いがけない答えが返ってきたことに対し、ガレイトはすこしだけ困ったような顔をする。



「阿呆め。ガレイトさんは、そんなことなど訊いておらんだろう。なぜ、皆一様に竿を持ち、魚を釣ろうとしているのか、と訊いているのだ」


「おっと、そういうことか。……じつはな、ここの海域、珍しい魚が釣れンだよ」


「珍しい魚……ですか?」


「そう。タイリクアジに、アマサバ、トビガレイ、ヒメマグロ……」


「ぜ、全部……高級魚……!」



 いつの間にか話を聞いていたブリギットが、魚の名前を聞いて目を輝かせる。



「知っているのですか、ブリギットさん?」


「うん。どれも食べたことあるけど、すごく美味しかったよ」


「ほう……」



 ギラリ。

 ガレイトの目が光る。



「最近はあんまり……というか、グランティでは全然見ないんだけど、昔、港の近くの市場で見たときは、どのお魚も、すごく高かったんです。おじいちゃんにそれを買ってもらって、調理して食べたことがあるんですけど……美味しかったなぁ……」



 その魚の味を思い出しているのか、ブリギットの目尻が下がり、口角が上がる。



「ゴクリ……それは羨ましい。……ですが、ということは、いま釣りをしている方々は、みな、その魚を釣って食べようと?」


「おう。それもあるんだが、さっき嬢ちゃんも言ってたろ? これらの魚はなにより値が張るんだ。だから、船を降りたらその魚を市場に持ってって、路銀の足しにしようって考えてるやつもいるわけだな」


「なるほど」


「ねえ、ガレイトさん、私たちも釣りしませんか?」


「そうですね。ヴィルヘルムまでまだまだ距離はありますし、ここらで釣りでも……」



 ガレイトが言いかけて固まる。



「……ガレイトさん?」


「すみません、ブリギットさん。釣り竿を持ってきていませんでした」


「あ、あぁ……そっか……ですよね……」



 肩を落とし、残念そうに俯くブリギット。

 それを見たガレイトも、申し訳なさそうな顔をする。



「はい。……こういう事があるなら、あらかじめ港か街で釣り竿を買っておけばよかったのですが……」


「ん? いや、釣り道具一式なら、うちでレンタルしてるぞ?」



 話を聞いていたイケメンが、自身の指さす。



「え?」


「待ってな、今取って来てやるよ」



 イケメンはそれだけを言うと、大急ぎで船内に戻り、そこから三人分(・・・)の釣り竿を持ってきた。



「ほら」



 イケメンは、ガレイト、ブリギット、イルザードの順に釣り竿を渡していった。



「これは……なるほど。いい竿ですね」



 ガレイトが竿の強度を確かめるように、グイグイと曲げたり、リールを巻いたりして、感触を確かめる。



「おう。わかるか? こっから北にある国で採れる、特別な竹を加工して作ってある。ちょっとやそっとじゃ折れない代物だ」


「ガレイトさんは、釣りはしたことあるの……?」


「それなりにですね。ひとりで旅をしていた頃は、よく魚を釣って、食べて、腹を下していました」


「そ、そうなんですね……」



 ブリギットが反応に困るように答える。



「釣り竿の数──もうひとり、船酔いで寝込んでるネーチャンは、今は釣りは無理だとして、三本あったら足りるだろ?」


「はい。ありがとうございます」


「──おまえ、こんな商売も考えていたのか……」



 イルザードが感心するように、呆れたようにイケメンを見る。



「おう、まあな。それといちおう、料理人(コック)も雇ってるんだよ」


「なに? どういうことだ」


「竿を乗客にレンタルするだろ? そうすると、魚を金に換えようとしているやつ以外は、その場で食べようとするんだ。中には自分で調理するやつもいるかもしれんが、自分で魚の下処理をして、食べられるまでにするのは面倒だし、時間がかかる」


「……まぁな」


「だからこれは、金と、釣った魚さえ渡してくれれば、料理人がそれを使って新鮮な魚料理を作ってくれるっていう、システムなんだよ」


「いや、商売人かおまえは」


「まあ、見ての通り、海賊(すきなこと)で食えなくなったからな……」


「海賊で飯を食おうとするな」


「だから、こうやって知恵を絞ることしか出来ないんだよ。……ああ、あんたらは竿代、タダでいいぜ」


「いいのですか?」



 ガレイトがイケメンの言葉に反応する。



「おう。ロロネー海賊団から船守ってもらったしな。まぁ……餌代は生餌、ルアー問わず、別途もらうけどな」


「……なに? そこはまけてくれないのか」



 今度はイルザードがその言葉に反応する。



「おいおい勘弁してくれ。さすがにそれはきついぜ、ネーチャン」


「いいんだ、イルザード。さすがに何から何までタダなのは、イケメンさんに悪い」


「……ガレイトさんが言うなら」


「ああ、あと、釣った魚を入れておく箱だが、これも中に特殊な氷が入っていて、それなりの期間、魚の保存が可能なんだが……これも有料だ。つけるか?」


「おねがいします」


「毎度! ……あと、その釣り竿についている、糸や(おもり)、釣り針なんかも全部有料なんだが、どうする?」


「お、おねがいします」


「……なんてやつだ」



 イルザードはため息をついて、頭を抱えてみせた。



「ところでイケメンさん、今の時期だと、どの魚がねらい目なのでしょうか……?」


「ん? ああ、この時期だと……そうだな〝セブンスカジキ〟が一番だな」


「セブンスカジキ……ですか?」


「はっはっは。いやいや、真に受けるんじゃねえよ。これは冗談──」


「せ、セブンスカジキ……が、こ、ここ、ここで、釣れる……んですか?」



 ブリギットがじりじりとイケメンに詰め寄る。



「お、おう、まぁな……」



 ブリギットのあまりの迫力に、イケメンも後ずさる。



「つ、釣りましょう、ガレイトさん……!」


「いや、ただ、嬢ちゃんは止めといたほうがいい。危険すぎる」



 イケメンにそう諫められると、ブリギットは何か訴えかけるような視線をガレイトに向けた。



「えっと、俺が釣ります」



 ガレイトがおもむろに手を挙げると、イケメンも安心した様子で一息ついた。



「……まぁ、にいちゃんなら大丈夫か」


「ちなみに、セブンスカジキとは、どういう……?」


「あー……そもそも、にいちゃんは、カジキ自体がどんなもんか知ってんのか?」


「はい、形だけは。実際に見たことはないのですが、たしか、鼻が尖がっているのですよね?」


「ああ、あれは鼻じゃなく上顎だな。くちばしみたいなもんだ」


「上顎、だったんですね……」


「そう。しかも、このセブンスカジキ、一般的なカジキよりも、大きさが──というか、何よりも泳ぐスピードが桁違いなんだよ」


「そうなんですか?」


「あ~……この海域の魚の中ではぶっちぎりだな。なにせ、船底にぶつかると、穴が開くくらいだ」


「そ、そんなに……」


「まあ、それでも、こっちからちょっかいをかけない限り、滅多にぶつかって来ないわけだが、いままで沈めた船は数知れず。そんで、ついたあだ名が、海神(わだつみ)(やり)だ」


「海神の槍……」


「おう。ちなみに、この海神の槍。市場に出れば即売り切れ。末端価格だと、一匹で十年は豪遊できるんだとよ」


「十年も……ということは、その味も……?」


「絶品だとは聞く」


「食べたことは?」


「ねえな。だが、筋肉質ではあるものの、肉はそれほど硬くなく、なんにでも使えるそうだ。まぁ、味もいいらしいが、本命は違う部位なんだが……」



 ガレイトとブリギットが、互いに顔を見合う。



「では、早速釣りに──」


「まあ待て、にいちゃんたち。俺の話を聞け」



 二人は足を止め、イケメンの話に耳を傾けた。



「逸る気持ちもわかる。だがな、なんといってもヤツが危険であることには変わりねぇんだ」


「そう……ですよね……」


「なにせ海神の槍には、今まで数多くの釣り人、漁師が挑んできた。──が、ヤツを釣り上げるに至った者はほんの僅か。しかも、釣り上げたとしても、その槍に貫かれて死んだヤツがたくさんいる」


「なるほど。恐ろしいですね」


「ああ、だがな、ただ俺たちも手をこまねいていたわけじゃないんだ」


「なにか、秘策が……?」


「よくぞ聞いてくれた! 海神の槍とはいっても、相手は所詮ナマモノ。だからこの、横流ししてもらった、鎖帷子(くさりかたびら)を服の下に着れば、万事大丈夫! 今ならなんと、通常価格より3割引安く──」



 ガレイトたちは、イケメンを無視して、そのまま船尾へと移動していった。

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