元最強騎士と、ルーツが気になるブリギット
「すみませんでした……」
ロロネー海賊団全員が、声を揃えて謝罪する。
そこには、船長のソニアをはじめ、海賊団全員が船の上で手足を縛られ、正座させられていた。
決闘はガレイトの圧勝。
ソニアは結局、お得意のだまし討ちや策を使うことは出来なかった。
というのも、開始の合図とともに、ガレイトが一瞬のうちに肩や脚の関節を外したからであった。
まさに神速。
ソニアが縄でがんじがらめにされるまで、海賊団全員はその場で口を開けて、ぽかんとしていた。
「……結局、奇襲やら謀略やらと、何をしたかったんでござろうか……」
サキガケが、すでに意気消沈したソニアを見ながら呟いた。
「さて、どうしますかガレイトさん。このまま海へ沈めますか?」
イルザードの提案に、ロロネー海賊団の面々が怯えたような表情を浮かべる。
「いや、それよりも気になることがある……」
ガレイトはそう言うと、ソニアの前まで歩いて行き、見下すように見下ろした。
「貴様、〝同胞〟と口にしていたな。この船に貴様らの仲間がいるのか?」
低い声でソニアに詰問するガレイト。
その瞳はひどく昏く、その場にいたソニア以外の団員たちは、完全に怯え切っていた。
「ハッ、なにをいまさら……さっきあんた、部下の男に命じて、船内へ連れてっただろ?」
それを受け、いち早くブリギットに思い至ったイルザードが口を開く。
「部下……だと……? ブリギット殿が、おまえたちの同胞なわけが──」
ガレイトがイルザードの言葉を遮る。
「なぜ、あの子を同胞だと思った……?」
「なぜって、エルフは全員あたいらの同胞だからさ。同胞を助けるのに理由なんざいらないだろ?」
「なるほどな……」
「ガレイトさん?」
ひとり、納得したように目を瞑るガレイトを、イルザードが見上げる。
「まだしらばっくれる気かい? ……あんたらどうせ、あのエルフの子を売りに行くつもりなんだろ?」
ガレイトは何も答えず、押し黙った。
「ま、エルフってだけで人間の馬鹿どもは高く買うからね。……あたいはね、そんな同胞たちを、あんたらみたいな外道から助けて、こうやってまとめ上げてんのさ!」
ソニアの言葉を聞いて、勇気が戻って来たのか、団員たちが皆、一様にガレイトを睨みつける。
「……だが、おまえはダークエルフだろう? エルフとダークエルフの仲は悪かったと聞いているが……?」
「ダークエルフぅ? ……アッハッハッハ!」
ロロネー海賊団全員が、一気に笑い出す。
「こりゃ傑作だ。あんたにはあたいらがダークエルフに見えるってのかい」
「だが、その肌は……」
「これは日焼けだよ。長い時間、海の上にいるんだから、黒くもなるさ」
「……ふむ」
ガレイトはおもむろに、ソニアに手を伸ばすと、縄をほどき、外していた関節を器用にくっつけた。
「あ、あんた……なにを……?」
ソニアの目に、一瞬驚きと恐怖の色が混ざり合う。
「……イルザード、ここにいる海賊たちを全員解放しろ」
ガレイトがそう宣言すると、船上にいたロロネー海賊団や、他の乗員乗客、イルザードとサキガケまでもが、驚きの声をあげた。
「え? ですが──」
「問題ない。……いまの問答で、おおよその状況を理解した」
◇
「──ハーフエルフぅ!?」
ロロネー海賊団全員が、物珍しそうにブリギットをじろじろと見る。
ブリギットはその視線に耐え切れなくなったのか、恥ずかしそうに、ガレイトの体の陰に隠れた。
「たはー! いやあ、わるいわるい!」
ソニアが悪びれるようにバンダナ上から頭を掻く。
「てっきりエルフ攫いの連中かと思ったよ。見張りが、航行中の船の先端にエルフの子が見えたっていうもんだからさ、もしかしたら攫われて、逃げようとしてるんじゃないかって。それで、慌てて船を出したんだけど……」
「それはない。……それより、俺もおまえたちの船を沈めたりして悪かった」
「あー……たしかに船を沈められたのは痛いけど、早とちりしたこっちが悪いからね。そういえばあんたら、どこへ行くんだい?」
「俺たちは、この子と一緒にヴィルヘルムに行くところなんだ」
「へぇ、ヴィルヘルムにね。帝国領に何の用が……ん?」
何かに気が付いたのか、ソニアがじろじろとガレイトの顔を見る。
「ヴィルヘルムのガレイト……っていやぁ、もしかしてあんた、ヴィルヘルム・ナイツ元団長のガレイトかい!?」
「……俺を知っているのか」
観念したのか、とぼけても無駄だと悟ったのか、ガレイトは素直にそれを認めた。
それを聞いたソニアも、ロロネー海賊団の面々も、目を見開いて驚いた。
「知ってるも何も、有名人だしね。しかしまあ、そりゃバカ強いわけだ。あたいらなんかじゃ、束になっても敵いっこないよ。……殺されなかっただけ、ありがたく思わないとね」
ソニアはひとしきり感心した後、改めてブリギットを見た。
「嬢ちゃん、ヴィルヘルムには何しに行くんだい?」
「しゃ、社会……勉強……です……」
ソニアに尋ねられたブリギットは、遠慮がちに答えた。
「なるほど。人間の社会の勉強……か。ハーフエルフだから、そういう考えもあるんだろうねぇ……」
「そういえば、ハーフエルフとはそんなに珍しいものなのか?」
二人のやり取りを見ていたガレイトが疑問を口にする。
「そりゃそうさ。エルフは強くて美しい者に惹かれる生き物だ。あたいらよりも貧弱で、ずる賢くて、寿命の短い人間なんかに、惚れる道理がないだろ」
「そういうものか……」
「……だから、嬢ちゃんのお父さんかお母さん、どっちがエルフかは知らないけど、よっぽど魅力的な人間だったんだろうね……」
うんうんと、頷くロロネー海賊団の面々。
「でもね、ただ昔……ちょびっとだけ、どこかで聞いたことがあったような……」
「聞いた? 何をだ?」
「いや、エルフと人間が恋に落ちた、とかなんとか……そういう話だよ。まあ、ここよりもずっと遠い所の話だから、嬢ちゃんとは関係ないと思うけど」
「そんなことが……」
人知れず、ひとり小さく呟くブリギット。
「──けどね、おにいさんは違うよ?」
「俺? 俺がどうしたんだ?」
「言ったろ? エルフは強く、美しい者を好むって」
「む」
それを聞いたイルザードが眉を吊り上げて、頬を膨らませる。
「おにいさんはその点、満点も満点さ。……どうだい? その子の社会勉強が終わったら、あたいらロロネー海賊団の情夫にならないかい?」
ソニアをはじめ、ロロネー海賊団全員がガレイトに熱い視線を送る。
そのあまりの熱量に、ガレイトも思わず、その場で後ずさった。
近くでその話を聞いていたサキガケも、〝情夫〟という単語を聞いて、これ以上ないほどに顔を赤くさせている。
「い、いや、俺は──」
「ガレイトさんは私のものだ。いまさら外野に渡すわけがないだろう」
イルザードはそう言うと、ガレイトの腕にひしっと抱き着いた。
「お、おい、イルザード……!」
「ふふ、予約済みってわけか。……なら、おにいさん、その人間の女に飽きたらここへ来な。あたいらが丁寧におにいさんを躾けてあげるからね」
「し、しつけ……ッ!?」
ゴクリ。
少女のようであり、女性然ともしている蠱惑的なソニアの視線に、思わず生唾を飲み込むガレイト。
腕にしがみついているイルザードの機嫌は、さらに悪くなっていく。
「──ま、とりあえず、あたいらの勘違いで迷惑かけたのは事実だ。今は何も返してやることは出来ないが、またここを寄ることがあったら、いつでも来な。足代わりにはなってやるよ」
「その前に、このくだらん海賊行為を止めろ」
イルザードがそう言うと、ソニアは静かな口調ではっきりと言った。
「止めないよ」
「なんだと……?」
「今、この瞬間も、何も知らない同胞が、あんたら人間に利用されてるかもしれないんだ。あたいの目が黒いうちは、そういうのは全部助ける。少なくとも、グランティ領近海ではね」
それを聞いたイルザードは、それ以上何も言わなくなった。
「……それに、最近は何かと、海を汚す輩が増えてきてるし」
「海を汚す……?」
「ま、あんたたちには関係ないだろうさ。ともかく、あたいらが海賊をやめる気はないんでね」
「まぁ……おまえたちの考えはわかった」
ガレイトが、イルザードの手を振りほどきながら言う。
「だが、少なくとも、略奪するのは止めてくれ。そのせいで流通が滞って迷惑を被る人たちもいるんだ」
「へへ、おにいさんが、あたいらの情夫になったら考えてやるよ! ──いくよ、あんたたち!」
ソニアの合図を受けて、海賊団全員が海へと飛び込んでいった。
「お、おい……!」
ガレイトが急いで船の縁へ移動する。
「冗談だよ! おにいさんに免じて、略奪は……当分はしない」
「……おい」
「そんじゃ、ハーフエルフの嬢ちゃんに、元騎士団長のおにいさん、機会があればまた会おう!」
「いや、おまえたち、船は──」
「へーきへーき、あたいらは海賊だ! アジトまで泳いで帰るさ!」
ソニアはそう言うと、そのまま海賊団全員を引き連れ、来た道を泳いで引き返していった。
「エルフ……かぁ……」
ソニアたちを見送っていたブリギットが、小さく呟く。
「気になりますか? ブリギットさん」
「……うん、ちょっとだけ……」
「……失礼ですが、ブリギットさんはご自身の両親については……」
「ううん。よくわかんないの……おじいちゃんからは、死んだって聞いただけ……」
「そうでしたか……」
「でも、モニモニなら何か知ってそう……」
「そうなんですか?」
「うん、でも、訊くのはちょっと……」
「なるほど。……では、帰ったら一緒に、モニカさんに訊きましょうか」
「うん……!」
ガレイトがそう言うと、ブリギットは嬉しそうに頷いた。




