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元最強騎士とグランティ・ベア


 こげ茶色で、たわしのように太く尖った体毛。

 そして、象のように重厚感のある巨大な熊が、サキガケに襲い掛かる。

 熊の体長は約五メートル。

 身長一五〇センチほどしかないサキガケの、およそ三倍以上はある巨大な熊だった。


 ──ブォン、ブォン!

 熊の手が素早く、何度も空を裂く。

 サキガケもそれをすんでのところで躱し、手裏剣や小刀で反撃しているが、熊には全くといっていいほど、効いている様子がない。



「……相性が悪いですね」



 遠くからその戦いを見ていたガレイトが呟く。



「相性?」



 それを聞いていたグラトニーが首を傾げる。



「はい。さきほどから行っているサキガケさんの攻撃が、あの熊には全く効いていません」


「そのようじゃな。どう見てもあの武器、対人間用じゃろうし。魔物殺しが聞いて呆れるわ」


「はい。あの熊の、強靭な体毛が、刃が皮膚に届くのを邪魔しているのでしょう。それに、たとえ届いたとしても、かすり傷程度のダメージしか与えられません。サキガケさんの体捌きや、武器の扱いは並み以上ですが……やはり、モーセさんの言っていたことが正しかったようです」


「なんか言うとったっけ?」


「『千都には魔物は出ない』これは、明らかな経験不足です。俺が見た限りですと、おそらく、実戦はこれが初めてなのではないかと」


「マジか。でも、容赦なく妾に斬りかかってきよったぞ、あやつ」


「内心ではどうだったかわかりませんよ」


「つーことは、あの時は平静を装っておったが、心臓はバクバクじゃったということか」


「はじめは誰でもそうなります」


「なるほどの。……こりゃ時間がかかりそうじゃ」


「……帰らないのですか、グラトニーさん」


「いや、あやつ、魔物殺しを名乗っておるが、まだガキじゃぞ?」


「心配だから、見に来たのですか?」


「し、心配などしとらん! ……ただ、あのまま放っておくと死ぬかもしれんし、そうなってくると妾たちも寝覚めが悪くなるじゃろ」


「おそらく、勝てないまでも命を落とすことはないと思いますよ」


「ほんまか?」


「あの身のこなしなら、問題なく追ってくる熊から逃げられるでしょう」


「そうかのぅ……」


「それになにより、あの熊はサキガケさんの獲物です」


「それはそうじゃが……」


「協力してくれと頼まれたのでしたら別ですが、サキガケさんには要らないとハッキリ言われていますので」


「う~むむむ……」



 グラトニーが自身の額を、人差し指の腹でぐりぐりと押す。



「助けに行くのですか?」


「なんでよ!? 妾、そんなお人好しに見える?」


「お人好しかどうかは置いといて、ここで貸しを作っておくのも悪くはない選択肢だと思いますよ」


「まあ、たしかに。……でも、それなら、パパがやればよかろう」


「俺は……貸し借りにあまり興味がないので」


「でも、もし協力したらあの熊、食べられるかもしれんぞ」


「……いえ、大丈夫です。熊肉にはあまり興味はないので」


「なら、その口の端の涎はなんじゃ。……というか、そもそも勝てると思っとるんか? この幼女があの化物熊に」


「そうですね。肉弾戦なら無理でしょうが、地下で俺に放ったあの黒い球を使えば、間違いなく致命傷を与えられるかと」


「いや、あれは妾の生命エネルギーを使うと言ったじゃろ! せっかく戻った魔力を、なんであの小娘の為に……」


「なら、ここにいるだけ時間の無駄では……?」


「……なんか、パパってば、冷たいときはすんごい冷たいんじゃな」


「──ゴワアアアアアアアアアアアアア……ッ!!」



 山中にひときわ大きい、熊の雄たけびが轟く。

 見ると、熊の目に魁の短刀が刺さっていた。



「おお、どうやら一矢報いてやったようじゃな……! 形勢逆転じゃ!」



 グラトニーが、まるで自分の事のようにガッツポーズをする。



「いえ、ただ片目を潰しただけです。あれでは逆に熊を怒らせてしまうだけ……」


「う、うむ。たしかに『苦しい、痛い』という感情よりも、怒りの感情のほうが高まってきて──」


「ガァアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 咆哮。

 熊の体が揺れ、サキガケの体を抱え込むようにして、その全体重をかける。

 安心してしまったのか、気を抜いてしまったのか、サキガケはそれを避けることが出来ず、そのまま押しつぶされてしまった。

 ズズゥン……!

 まるで大木が切り倒されるような音が、辺りに響き渡ると──



「チッ、あのガキ……!」



 グラトニーが舌打ちをし、一目散に熊の元へと向かっていった。



「おい! 貴様! 今すぐそこを退け! そやつは妾の獲物じゃ! おまえ如きに殺させはせぬぞ!」



 突然のグラトニーの登場に、熊もすぐさま巨体を揺らして立ち上がった。

 身長の低いサキガケよりも、さらに一回り身長の低いグラトニーと熊が対峙する。

 まさに象と蟻。

 しかし、熊はそんな(グラトニー)と対峙するや否や、天に向かって口を開けた。



「ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」



 森全体を揺らす程の、サキガケと対峙した時以上の雄たけび。

 木々は騒めき、周囲にいた鳥たちが鳴き声を上げながら、一斉にバサバサと飛び立つ。



「ほう、妾とやり合う気か」



 グラトニーはそう言うと、後方へ跳んで距離を取り、両手のひらを前へ突き出した。



「最初から全力でいかせてもらうぞ……!」



 ズズズ……!

 グラトニーの手のひらから、まるで渦潮のような黒い、魔力の奔流がほとばしる。

 やがて渦はひとつの固体を形成すると、やがて黒く、丸い塊となった。

 それが尋常ではないものだと理解したのか、熊はものすごい勢いでグラトニーに突進するが──



「遅い! くらえ! 妾、必殺の──」


「──いけません、グラトニーさん!」



 発射直前でガレイトの声が響く。



「……え?」



 ぱくん。

 グラトニーは言葉を発する間もなく、熊に丸呑みにされてしまった。



「大丈夫ですか、グラトニーさん!」


『なんで止めた!?』



 熊の口内からグラトニーの籠った声が響く。



「グラトニーさん、さきほどの黒い球、どこへ向かって放とうとしていましたか?」


『そりゃ、もちろん心臓じゃが……』


「熊は、心臓が一番美味だと聞きます。しかも、あの技はどちらかというと、くり抜く(・・・・)タイプの技。もしあのまま、心臓をくり抜いてしまったら……ああ、考えるだけでも勿体ない」


『結局食いたいんかい!!』


「すみません。食欲にはどうしても……」


『いや、妾の命のほうを優先しようよ……』


「グラトニーさんは不死身じゃないですか」


『痛覚と恐怖心は備わっておるがの!!』


「問題ありません。お詫びとして、いますぐこの熊を両断し(たすけ)ますので」


『……は? いやいや! パパよ、なんか今、変なこと言わんかった!?』


「え? ですから、熊を一刀両断(おたすけ)しますと」


『変なルビ振っとる!! ……ちょちょ、ちょい待つのじゃ! 両断したら妾ごとパックリいくんじゃないの!?』


「問題ありません。グラトニーさんは不死身です」


『ぶっ飛ばすぞ!?』


「覚悟の上です」


『そんな覚悟などいらん! ていうか、(ようじょ)にぶっ飛ばされる覚悟って何?』


「グラトニーさん、妙なルビを振らないでください。混乱してしまいます」


『やかましいわ! ……そもそも両断したら、どのみち心臓も斬れちゃうんじゃないの? いいの?』


「問題ありません。くり抜いてしまったらもう食べられませんが、切ってしまってもなくならないので食べられます」


『本気で言っとる? 斬られた妾の事も考えようよ』


「問題ありま──」


『問題しかないわ! あほ! ばか! まぬけ! その包丁振ったら一生許さんからな!』


「その状態で、俺が何をしているか見えているのですか?」


『いや、パパのやることは大体わかる……って、本当に包丁取り出しとるんかい! しまえ! 今すぐ!』


「いきますよ……!」


『え? 耳ないの? 妾の声、聞こえない? マジで?』


「ア……ガ……グァ……ッ!?」



 突然、熊の動きが鈍くなる。

 熊は悲痛なうめき声をあげると、ズゥンと前のめりに地面に倒れた。


 ぶくぶくぶく……。

 倒れた熊の口から蟹のような泡とともに、グラトニーがでてくる。

 それを見たガレイトは、熊の体液にまみれて、不機嫌になっているグラトニーを助け起こした。



「これは一体……? グラトニーさん、中で何を……?」


「ぺっ、ぺっ、ぺっ。……妾は何もしとらん。急にぐらりと倒れて、口内にボコボコと泡が出てきて、一緒に洗い流されただけじゃ」



 熊は突然ビクビクと痙攣すると、そのままパタリと動くのを止めた。



「──毒にござるよ」



 地面に開いた大きなくぼみ。

 熊が最初に倒れた場所から、サキガケが這いずり出た。



「無事じゃったんか、おぬし」


「まあ、ぐらとにぃよりは全然無事でござる」


「サキガケさん、さきほど毒と仰っていましたが、あの熊が動かなくなったのは……?」


「ニン。拙者の毒でござる」


「毒……なるほど。どうりで……」


「拙者は影を往き、闇を忍ぶ者。故に、邪道。……まあ、効くかどうか心配でござったが、どうやら、このような大型の化生にも通用するみたいござるな。……おっと、毒の配合は企業秘密にござる」


「なるほど。だから、あえて熊を挑発して、動き回らせることを……」


「然り。動けば動くほど、毒の回りも早くなっていくでござる。……まあ、体が大きい分、回るのにも時間がかかったでござるが……がれいと殿、さっきこの熊を食べると言っていたでござるな?」


「ええ。サキガケさんが撤退したのなら、代わりに肉をいただこうかと……」


「ニン。変異種を討伐した証……頭骨さえもらえるのなら、肉はそちらで使っても問題ないでござる」


「ですが、毒は……」


「きちんと加熱処理すれば、分解されるタイプの毒でござる。生で食べようとしない限り、問題ないでござるよ」


「おお、それはありがたい。ですが、いいのですか……?」


「拙者としても、これほどの肉はさすがに持て余すでござるからな。それに……」



 サキガケはグラトニーの顔を一瞥すると、プイッと顔を逸らした。

 グラトニーは怪訝そうな顔で首を傾げる。



「それに……なんですか?」


「い、いや、なんでもないでござる」


「ありがとうございます。お言葉に甘えて、肉はいただいていきますね。……ちなみに、毒は何を使っているのですか?」


「ああ、それは千都にのみ生えている、鮐草(ふぐくさ)……って、なんでナチュラルに訊き出そうとしとんねん!?」


「便利な毒だから、他にも使えないかなと」


「こわいわー……外国の人こわいわー……」


「──はぁ、やれやれじゃ。結局、妾が助太刀する意味はなかったの。ベトベトになり損じゃ」



 グラトニーはそう言うと、犬のように体を震わせ、体についた熊の液体を落とした。。



「……そんなことはないと思うけど」


「え?」



 サキガケはすこしだけ頬を赤くすると、もう一度そっぽを向いた。

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