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元最強騎士と不穏な狼煙


 夜の山。

 背の高い木々の枝葉が、頭上より降り注ぐ月光を遮るようにして伸びている。

 辺りは暗闇と静寂に包まれており、ガレイトに同行しているブリギットも小刻みに震えながら、小脇にグラトニーを抱えていた。



「──というわけで、妾たちは今、グランティの中心街からすこし離れた山の中にいるわけじゃが……なんで妾も駆り出されとるんじゃ!?」



 グラトニーがそのままの体勢で、喉が張り裂けんばかりの大声を出す。

 その声は周辺の岩や木とぶつかると、やがて遠いほうの山々へと吸い込まれていった。



「グラトニーちゃん……はぁ、目が……良いから……はぁ……」


「たしかに妾の視界は良好じゃが……。つか、なんでおぬしらも光源を持って来ておらんのじゃ!? あ、そこ、木の根が出っ張っとるから転ばんようにな」



 グラトニーが指摘すると、ブリギットはすこし歩く速度を落とし、注意しながら木の根をまたいだ。



「あ、ありがと……。松明(たいまつ)やランプが……家になかったから……」


「俺はその、グラトニーさんが居れば何とかなるだろうと……」


「おぬしら、夜の山舐めとる!?」


「ですが、実際何とかなってますし……」


「グラトニーちゃん……、目が光ったりとかしないの……?」


「光るか!」


「グラトニーさん、しー……! それにこんなに暗い中、明かりなんて使ったら動物が逃げてしまいます」


「改めればよかろう……! 日を……!」


「山にいる鳥は基本、夜に活動はしていません。捕まえるには絶好の時間帯かと」


「……なんか、ああ言えばこう言うの、パパよ」


「まあ、今回の目的は食材調達兼、ブリギットさんのトラウマを取り除くことですから」


「当の本人は、もうフラフラじゃがの」



 グラトニーはそう言うと、顔面蒼白のブリギットを見上げた。



「……大丈夫ですか、ブリギットさん」



 ガレイトが振り返って声をかける。



「だ、大丈夫じゃない……です……全然……!」


「なら妾を下ろせばよかろう」


「今すぐ帰りたい……! なんでよりにもよって、こんな夜中に……!」



 ガレイトはブリギットの返答を聞くと、静かに歩みを続けた。



「ぴぎゃああああああ!? が、ガレイトさん、なんで先先進むんですか! さっきからダメだって、私無理だって言ってますよね!? なんで!? なんでそんなに意地悪するんですか!」


「ああ、いえ、モニカさんから言われまして……」


「モニモニが……?」


「『気絶してなけりゃ何も問題ない』と」


「な、なに言ってるの、モニモニ!?」


「……要するに、小娘が返答する限り、パパは歩を進み続けるということか。なかなか酷なことをさせよるの。あの娘っ子も」


「そそそ、そんなぁ……!」


「それよりもほりゃ、足を止めとるとパパに置いてかれるぞ」


「あわわ……! 待ってくださ~い! 私を置いてかないで~!」



 ブリギットはそう言うと、真っ暗闇の中をグラトニーの指示と、ガレイトの足音を頼りに進んでいった。



「それはそうとブリギットさん」


「は、はいぃい……! なんでしょぉお……!」


グランティダック(・・・・・・・・)って、この時間帯だと、どこにいるんでしょうか?」



 グランティ・ダック。

 グランティ周辺の湖畔に生息する固有種。

 本来なら餌を求めてあちこちを移動する渡り鳥だが、グランティ周辺は餌も豊富なため、よっぽどの理由がない限り長距離の移動はしない。

 さらにグランティ・ダックを固有種足らしめているのはその体毛で、極彩色の赤と白の羽毛が混ざり合っており、グランティでは祝い事の時になどによく食べられる。



「さ、さぁ……? 私にもわかりませんんんん……!」


「し、知らないんですか?」


「え? ガレイトさんもモニモニから聞いてないんですか?」


「え?」


「え?」



 暗がりの中、その場にいた三人は自然と互いの顔を見た。



「な、なんで誰も知らんのじゃ」


「ブリギットさんが知っているものと……」


「ガレイトさんがモニモニから聞いているものと……」


「あ、頭痛くなってきた……」


「だって……今まで私、食材の調達なんてしたことないし……」


「まあ、小娘はそうじゃろな。……なら、パパは?」


「俺ですか……?」


「料理人なんじゃろ? しかもあちこち旅してたと聞く……(ダック)のいそうなところくらい、わかるじゃろ」



 グラトニーに言われると、ガレイトは腕を組み、うんうんと唸り始めた。



「そうですね……やはり、水鳥なので、水辺にいるのではないでしょうか?」


「いや、誰でも知っとる事をドヤ顔で言われてもの……」


「え」


「どういう形、鳴き声、食べ物、そもそも、生息域である水辺がどこにあるかもわからんのじゃろ?」



 グラトニーにそう切り捨てられると、ガレイトはずぅんと肩を落とした。



「き、厳しいね、グラトニーちゃん」


「厳しいも何もなぁ……」


「でも、グラトニーちゃんは知ってるんでしょ?」


「いや、知らんが」


「……え?」


「知らん」


「でも、グランティ(・・・・・)・ダックだよ?」


「グ・ラ・ト・ニ・ィ!! 妾、グラトニーじゃから! 妾が封印された後につけられた名じゃろう! そんなの知るわけないじゃん!!」


「うう……そ、そんなにポテンシャル上げて怒らなくても……」


「すまんすまん。なんか、封印された日の事思い出したら腹立ってきて……ま、どのみち、このままじゃ(らち)が明かんから、一旦情報を整理したほうがよさそうじゃの」


「そ、そうだよね。闇雲に動いても、私が気絶するだけだし……」


「小娘はもうちょい頑張ろうな?」


「はぁい……」


「さて、では、まずは妾から、提案を──む?」



 何かを見つけたのか、グラトニーが言いかけて、止まる。



「……どうかしましたか? グラトニーさん?」


「いや、なんか、燃えてね?」


「燃えてる? 心がですか?」


「いや、妾そういうキャラじゃなかろう」


「では、なにが……」


「なんとなくぼんやりとしとるが、なんか燃えとるじゃろ。景気よく」


「……は?」



 ガレイトとブリギットの声が重なる。



「ほら、あっちのほう」



 そう言ってグラトニーが遠くのほうを指さす。が──



「何も見えないよ? グラトニーちゃん?」


「まあ、ハーフエルフとはいえ、常人の視力じゃ見えぬかもの」


「グラトニーちゃんはそれが見えるの?」


「あったぼうじゃ! ふむふむ、これは……なにやら建物が燃えておるようじゃの。しかし、どっかで見たことがあるような……」


「建物?」


「うむ。そこらへんは火柱に隠れていて、ぼんやりとしか見えん」


「ひ、火柱……そんなに激しく燃えてるの?」


「みたいじゃの。ていうか、この方角って店のあるほうのような気が……パパはどうじゃ? パパもバケモノの親戚みたいなもんじゃから、なにか見え──」


「ちょっとちょっと、グラトニーちゃん。ガレイトさんに失礼だってば」


「……いや、なんか」



 グラトニーが振り返ってガレイトを見ようとするが、すでにそこにガレイトの姿はなかった。



「パパがおらんのじゃが……」


「え?」

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