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元最強騎士にお客様が来ました


「──ここか。グランティという街は……」



 ガレイトが、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカのウェイターとして働き始めてから数日が経ったある日──ひとり女性が、自身の身の丈ほどの大きさのカバンを手に、グランティの街へと降り立った。

 純白のワンピースに、ソールの厚いサンダル。

 長く、それでいて綺麗に切り揃えられた黒髪が風に煽られ、所在無げに揺れる。

 キリリと吊り上がった目と、きゅっと固く結ばれた唇が印象的な、一見するとすこし性格的がキツそう(・・・・)な女性。

 道行く人々(主に男性)はそんな女性を見るなり、皆一様に振り返り、ため息を漏らしたが、当の女性はというと、そんなことなど気にも留めず、自身の豊満な胸の間に挟んでいた、白い紙きれを取り出すと、それを鼻から肺いっぱいに吸い込み、口から大きく息を吐いた。



「この街から、ガレイトさんの匂いがする」



 女性は変態であった。



「──よう姉ちゃん、ひとりかよ?」



 そんな変態(・・)に、三人組の男がにやけ顔で話しかけた。

 男たちは、ガガ、ザザ、ボボのガザボトリオ。

 先日、ガレイトを解雇し、新天地を目指していた三人は、とある依頼(・・・・・)を受け、グランティへとやって来ていた。

 変態はこの三人を、よくあるナンパかと思ったのか、ガザボトリオを無視しようとした。──が、女性は突然、すっと目を閉じ、スンスンと鼻を鳴らすと、まるでかぐわしい芳香でも嗅ぐように、ひくひくふがふがと鼻を動かしながら、ガザボトリオに近づいて行った。



「な、なんだあ? この姉ちゃん!?」

「へへへ、もうヤル気満々ってわけか」

「近くに休める所があるからよ、そこ行くか?」


「くんかくんか、すーはーすーはー、ふんすふんす……ふむ、おまえたちから、ガレイトさんのかほりがするな」


「はあ? ガレイトぉ?」


「なぜだ」


「『なぜ』って言われても、なぁ?」

「おい、ガレイトっていやぁ、ほら」

「ああ、数日前に……」


「おお、やはり、知っているのか!」



〝ガレイト〟

 その単語を聞いた変態は、今まで仏頂面だった顔から一転、表情がぱぁっと明るくなった。



「知ってるも何も、俺たちゃあいつの元雇い主よ」


「雇い主……! そ、そうか……! 団を辞めて幾星霜……ガレイトさんはもう、料理人に……()? なんだ、元って」


「元は元だよ」

「あまりにも使えねえから解雇した」


「な、なんだと……?」


「それがよ、聞いてくれよねえちゃん。あいつ辞めさせるとき、傑作だったんだぜ」

「あいつの作った料理を頭から叩きつけてやったら、そのままぴーぴー泣き出しやがってよ」

「図体がデケーだけに、情けなくて、面白くて……」



 ガザボトリオはそう言うと、そのまま腹を抱えて笑い出した。

 その話を聞いた変態は、手のひらから血が滴るほど、拳を固く握った。



「殺してはだめだ殺してはだめだ殺してはだめだ殺してはだめだ殺してはだめだ殺してはだめだ殺してはだめだ殺してはだめだ殺してはだめだ……!」



 念仏のように唱える変態。

 しかし、ガザボトリオはその溢れんばかりの殺意に気づく様子はない。

 そして、必死に自分を諫めていた変態は、やがて平静を取り戻したのか、きりっと表情を作ると、再び三人と向き合った。



「……ところで、そのガレイトさんは今どこにいるんだ?」


「へへ、知らねえよ。あんなやつ」


「あんなやつ……?」


「ああ、あんなやつだろ。どうでもいいだろ」

「それよりも俺たちといいことしようぜ」


「どうでもいい……? それよりも……?」



 変態はフッと短く笑うと、長い髪を手でかき分けながら口を開いた。



「……結構だ。私にも予定があるので、これで失礼する」



 変態はガザボトリオに対し、軽く頭を下げると、そそくさとこの場から離れようとした。が──



「おっと、逃がさないぜ」



 変態は三人うちのひとり、ガガに腕をがっしりと掴まれる。



「なにをする」


「ツレねえじゃねえか。構ってくれたっていいだろ?」


「やめてくれ。私は暇じゃないんだ。情婦なら他で探してくれ」


「おいおい、もしかして姉ちゃん、ガザボトリオを知らねえのか?」


「カサゴトニオ?」


「カサゴじゃねえよ! ガザボだって!」

「わざと間違えてんのか?」

「あれだろ、有名人に会えたから、舞い上がってんだろ」


「くどい。ガルボだか、カサゴだかわからんが、はやくその手を──」


「──おいおい! 聞いたか兄弟?」

「おいおいおい、マジかよ。本当に俺たちを知らねえのか!?」

「おいおいおいおい、どんな田舎から来たんだよ。笑えねえぜ、姉ちゃん」


「チ……笑えぬのはこちらのほ……」


「かの有名な冒険者ギルド波浪輪悪に、彗星の如く現れた超新人!」

「ガガ!」

「ザザ!」

「ボボ!」

「三人合わせてガザボトリオ!」



 バーン!

 ……という効果音でも鳴り響きそうなほどに洗練された合体ポーズ。

 しかし変態はそれをこれ以上ないほどに、冷めた目で見ている。



「……それが俺たちってわけ。思い出したか?」


「思い出すも何も、最初から知らんと言うとるだろ。おまえらのような小物」


「ああ!?」

「なんつったテメェ!?」

「……じゃあ、今すぐ俺たちが手取り足取り教えてやるから、ついて来いよ」



 グイッと強引に変態の腕を引っ張るガガ。

 さすがの変態も堪えきれなくなったのか、こめかみに青筋を立てながらその手から逃れようと身をよじった。



「おい、おまえ、いい加減……」


「暴れんなって」

「いいじゃねえか、あのガレイトとかいうヘナチン野郎よりも、俺たちのほうがよっぽど──」



 ──べとぉ……!

 変態は突然、自身の血で塗れた手のひらを、ガガの顔面に押し付ける。

 ガガの目や鼻にべっとりと血が付着すると、それを拭うべく、変態から手を離した。



「な、テメ……なにしやが──」



 ドガ──

 慌てふためくガガの首の横、頸動脈に容赦のない、正確無比な回し蹴りが炸裂する。

 ガガはその場から吹っ飛ぶと、地面に叩きつけられ、白目を剥きながら気絶した。

 変態はすばやくその場から後退すると、残っていたザザとボボを睨みつけた。



「ゴミムシどもめ! ガレイトさんのナニを小さく言うのは、私が許さん!!」


「よくもガガを……!?」

「てめ、このアマ! ナニモンだコラ!」


「イルザード……!」


「はあ?」


「私はヴィルヘルム・ナイツ第五番隊隊長、イルザードだ!」


「びるへ……ヴィルヘルム・ナイツぅ!?」



 ザザとボボが血相を変えて、イルザードの顔を見る。



「あの、大国お抱えの騎士団!?」

「なんでこんなところに!?」


「有給休暇だッ!」


「こ、こいつ、頭おかしいんじゃねえか!?」

「ひ、怯むな、いくらヴィルヘルム・ナイツでも所詮は女だ。二人で一斉にかかれば……!」

「いや、でも、イルザードっていや、あの〝野良犬(ストレイドッグ)〟じゃねえのか……?」

「知ってんのか?」

「あ、ああ、聞いたことがある。一度敵国に捕虜にされかけたけど、手足を縛られてるのに、その場にいる全員を噛み殺したってイカレ女だ……!」

「の、野良犬つーより……狂犬じゃねえか……!」


「はは! よく知ってるじゃないか! なら、貴様らの粗末なタマ〇ンを、この私に噛み千切られる覚悟はあるんだろうな!!」



 イルザードは犬歯を覗かせると、カチカチと二度、歯を鳴らした。

 ザザとボボの二人は顔面蒼白になって股間をおさえると、気絶したガガを二人で抱え、一目散にその場から逃げ出した。



『お、覚えてろよー!』


「チ、誰が覚えるものか……」



 腰に手を当て、ため息をついたイルザードは、もう一度谷間から白い紙きれを取り出し、丁寧に封を開け、中に入っていた手紙を読んだ。



「ふむ。〝オステリカ・オスタリカ・フランチェスカ〟か。そこにガレイトさんが……」



 イルザードは手紙を丁寧に折りたたみ、ゆっくりと封筒の中にしまうと、もう一度谷間にぎゅっと押し込んだ。

 そして乱れた髪や服を軽く直すと、たまたまその近くを通りかかっていたモーセに話しかけた。



「失礼、この辺でオステリカ・オスタリカ・フランチェスカというレストランを探しているのだが……」


「そ、それなら、この先をまっすぐ行ったところにありますけど……」



 モーセはまるで油の切れたブリキの人形のように、方角を指さした。



「ありがとうございます」



 イルザードはモーセに軽く頭を下げると、そのままスキップしながら、目的地であるオステリカ・オスタリカ・フランチェスカを目指した。

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