第95話 終わり
〈side刹那〉
⋯⋯それからどれくらい経ったのか分からないが、僕は目を覚ました。小雪はまだ隣で意識を失っている。彼女の寝顔を見ていたいと思ったが、こんな場所で寝るのはよくないため起こすことにする。
小雪を揺すり起こす。柔らかな感触と温かな体温を感じるが、無視する。
「⋯⋯ん?」
すぐに小雪は目を覚ました。僕はすぐに手をどける。若干の寝ぼけ眼で僕に目を向けた。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
僕らは無言になる。
「お疲れ」
最初に、小雪がそう切り出した。
「あぁ、ほんとに疲れたよ」
僕はそう返した。本当に疲れた。復讐が終わったと思ったら、こんな奴の相手をさせられたんだ。そう思いながら、物言わぬ屍になった『創造』の神に目を向ける。
「にしても⋯⋯お前の母さん不器用だな」
そう言って、僕は苦笑した。
「⋯⋯ん」
小雪もそう言って口元を緩めた。
意識が消える前に聞いた一言。あれは、小雪の母の声だった。完全に、僕らの意識を落としたのは彼女なのだが不器用すぎるだろう。
目を覚ました僕にはだるさはなくなっていた。同時に、『変化』の力もなくなっていた。小雪も同様に『無』の力はなくなっているのだろう。
これだけだと、僕らから力を奪ったように見えるが、あの力は人間一人が持てる力じゃなかった。持っているだけで、命は数か月と持たないだろう。だから、僕らからその力を奪ったとも取れる。
それに、何より面白いのが、僕は『速める』能力の方なら使えるということだ。小雪も先ほどの反応から『戻す』能力は使えるのだろう。僕らから、それだけを残して奪ったということになる。
あんな、黒幕みたいな登場の仕方をしておいて、僕らはこんな状況になっている。これは面白いとしか言えないだろう。
「⋯⋯もう少し話したかったけど」
そう言って、小雪は少し目を伏せた。確かに、彼女からすれば親との再会だったわけだからな。それを、あの『創造』の神に邪魔されて、挙句、何か話もできずにどこかへ行ってしまうわけだから。
「大丈夫だろ。きっと見てるって」
そう言って、僕は笑う。母親は神なんだからきっと、空からでも見守ってるだろう。
「⋯⋯確かに」
そう言って、小雪は笑みを浮かべた。分かりやすい小雪の笑みを初めて見た気がする。そんなことを思ったが、口には出さない。空気が崩れる。
「⋯⋯これで終わったんだね」
小雪はそう言って辺りを見渡した。
「今考えれば、単なる復讐から壮大なことになってたな」
ただ、親を殺した相手を憎んで始めた復讐だったはずなのに、神とかそんなのを相手にすることになったからな。
「⋯⋯そうだね」
小雪も思い返してか苦笑を浮かべている。やっぱり表情豊かになってるな⋯⋯。
「さて、帰ろうか」
僕は小雪にそう声をかけた。そして、手を差し出す。
「ん」
そう言って、小雪は僕の手を取った。
〈side空華〉
「それでいいの?」
僕は彼女にそう問いかけた。
「いいの。私みたいな老いぼれがいていい場所じゃないでしょ」
彼女はそう言って笑った。
「老いぼれって⋯⋯」
未だに若々しい顔をしているものだから思わず僕はそうため息をついた。
「それに、あいつがやったことの責任は取らなきゃだしね」
そう言って彼女は、『創造』の神の死体に目を向ける。
「あなたは関係ないでしょうに」
僕はそう言って、またため息をついた。
「ま、そうなんだけどね。出来るだけ助けたいっていうのが私って神だからさ」
そう言って、彼女は笑った。
「⋯⋯分かってるけどさ」
僕はそう返しつつ口ごもる。
「⋯⋯ふふ。貴方のその考えは好きだけど、全てを幸せにするなんてできないのよ」
そんな僕の様子を見て彼女は笑った。僕には、なぜ彼女が笑えるのか分からなかった。
「それにね、娘の姿を見れて幸せなのよ、私は」
そう言って、倒れている小雪ちゃんに目を向ける。
「かわいい彼氏ができるのもすぐかしら」
そう言って笑う彼女に僕は何も言えなかった。
「⋯⋯貴方はよくやったわ。貴方が居なければ私はここに居なかったし、彼も娘も生きていなかった」
確かに、僕は彼らを救うためにいろいろと頑張った。
「貴方も、私と同じ立場ならこうするでしょ」
⋯⋯それもそうだ。
「このまま放置すれば、彼らは力の負担には耐えられないし、どちらかの世界しか成り立たない。そんなのは嫌でしょ」
そう言って、彼女は少し遠い目をした。
「もう悔いはないのよ。私は十分に生きた。後は若い子たちに任せるの」
そう言って、また彼女は笑みを浮かべる。
「分かったよ」
もう僕が妥協するしかないのだろう。全てを救うなんて聞こえはいいけど、僕一人にできることなんてたかが知れている。それにしては、僕もよくやったほうだろう。
「⋯⋯ふふ。別に考えは変えなくていいわよ。全部救いたいって考えは悪くないしね」
何が面白いのか、そんな僕を見て彼女は笑った。
「さて、もう行くからね」
彼女はそう言って、僕の頭を撫でた。頭を撫でられるほど幼くないんだけど。そんなことを思ったものの別にその手を払うことはしなかった。
「じゃあね」
そう言って、彼女は完全にこの場から姿を消した。神がいるべき場所へと戻ったのだろう。そこからなら、この世界にも、異世界にも権能の力が及ぶ。だから、彼女はそこにいることにしたのだ。一人で。
そう思うと、僕の無力さをまた痛感する。だけど、最善を尽くしたことに違いはない。きっと、彼女もそれを望んでいるのだろう。だから僕はそれを飲み込むしかなかった。
〈side⋯⋯〉
そして、私はそこに戻ってきた。
「俺たちの娘もよく育ったもんだな」
戻った私にかけられたのは、予想もしていない声だった。
「⋯⋯あなた」
私は思わず呆然としてそう言葉をこぼす。
「⋯⋯なんだその顔。まあ、俺も神と交わったわけだからな。こっちに近づいたみたいだ」
吹き出しながらに彼はそう言った。
「何それ」
私も笑いながらそう言葉を返した。
⋯⋯空華ちゃん。私にも奇跡ってものが起きたみたいよ。
「こうなりゃ、俺も協力するからな」
そう言う彼に私ははいはいと頷いて、彼の隣に座るのだった。