第91話 空華再来
〈side刹那〉
そして僕らはしばらくの間抱き合っていた。その時は特に恥ずかしさを感じてはいなかったのだが、僕らが冷静になってくると恥ずかしさがあふれてきて、ようやく離れた。
「⋯⋯」
「⋯⋯」
少し気まずい、そんな時間が流れた。
「ありがとな」
そうなってからようやく、僕はお礼を言った。小雪がどれだけの思いで今まで過ごしてきたのか、ここに来たのかは知らないが、それでも彼女が僕を思ってくれているのは分かっている。
「別に」
彼女はそっけなさげにそう返したが、少し膨らんだ目元と、赤くなった頬がそうではないと告げていた。そんな様子の彼女が可愛いと今度は素直に思えた。
「⋯⋯終わったの?」
彼女は僕にそう尋ねてきた。
「あぁ」
僕はそう答える。
「そう⋯⋯」
そう言って、彼女は少し目を伏せた。どこか悲しそうな雰囲気をまとっている。
だから僕は、こう言葉をつづけた。
「⋯⋯これからもよろしくな」
僕が復讐を目的にしていたことを知っていた小雪はここで、僕は組織から抜けると思っていたのだろう。そうなると、自然と僕らは離れることになる。ここまで、追ってきてくれた小雪なのだ。僕と離れたくないと思っているのだと、そう考えた。もし違ったら恥ずかしいが、多分あっているだろう。
そう言うと、彼女は少し顔を上げて、
「ん」
と返してくれた。その顔にはもう悲しさは感じ取れなかった。
「「⋯⋯」」
それから僕らは、しばらくの間一言も発さなかったが、自然と心地よい、そんな時間を過ごしていた。
そんな時間は、予想外の声で破られることになる。
「お疲れ様」
少し離れたところから、空華が現れた。誰、と言いたげな目で小雪がこちらを見つめてくる。
「感動の再会のとこ悪っ」
空華がなにかを言おうとしたところで、なにかに押しのけられる。ちょっと不憫だ。
空華の横を通ってきたなにかはまっすぐとこちらに向かってくる。
そして、小雪に抱きついた。小雪も、え、え?と混乱した様子で目をきょろきょろとさせている。
「⋯⋯ひどくない?」
その間に体勢を立て直した空華がそう言葉をこぼす。正直、僕も混乱している。
「⋯⋯では、再会のところ悪いけど、僕たちも話さないといけないことがあるからね」
混乱したままの小雪は放っておいて、仕切りなおす空華。
「まず、単刀直入に言うけど、まだ終わってないよ」
突然、そんなことを言い出す空華。おそらく、まだ敵がいるということだと思うが、前後の脈絡がなく分かりにくい。
「確かにこの組織のトップは死んだけど、僕が言ってた儀式は完了してるんだよね」
そう言って、苦笑いを浮かべる空華。いや、ちょうどいいタイミングになるように時間稼ぎをしていたって言ったのは誰だ。
「⋯⋯まあ、嘘を吐いたのは悪いと思ってるよ。うん」
そう言って、少し、ほんの少しの反省の意を示すが、許せるかと言われれば許せない。
「ここに来た時点で儀式は終了してたからね。いつ行っても一緒だよ」
そう言って、なぜかうんうんと頷く空華。何に納得しているんだか。
「⋯⋯まあ、そのおかげで小雪ちゃんが間に合ったからよしと」
⋯⋯そりゃそうだがな⋯⋯。それとこれとは別問題だろうが。
「にしても、死なないでって言ったのになぁ」
そう言って、僕をジト目で睨んでくる空華。
「⋯⋯まあいいけどね。分かってたことだし」
⋯⋯そういえばこいつは自分が予知の能力者だって言ってたな。つまり、僕の自殺も想定内だったのか。
⋯⋯だとすれば、小雪が来るのも想定通りだってことか?こいつがしていたのは小雪が来るまでの時間稼ぎとか⋯⋯。
いや、そんなことはないか。僕はそう結論付けて、思考を打ち切った。
「⋯⋯兎角、そろそろいいでしょうか」
空華は、会話は終わりと言わんとするように、小雪と、彼女に抱き着いている存在に目を向けた。突然空華が敬語になったのを考えるに、空華よりも立場が上なのだろうか。
小雪に抱き着いているのは、小雪と同じ真っ白な髪をした女性だった。ごめんね、ごめんねと涙ながらに謝り続けている。そんな様子の女性に小雪は突き放すこともできず、どうしたらいいのか困った様子だった。
「まだこうしていたいけど、仕方ないわね」
そう言って、その女性は顔を上げた。
「とりあえず、自己紹介をしましょうか。私は、いわゆる『無』の神ってやつです」
女性はそう言って、一旦、言葉を区切る。『無』の神か⋯⋯。今更存在を否定するつもりはないが、目の前にいると言われても信じられない気持ちのほうが強いな。
「そして、この子の母親です」
そう言って、女性は小雪を指さす。
⋯⋯確かに、真っ白な髪は一緒だが。それくらいしか共通点は見つからないんだが⋯⋯。
「今は、小雪って名前を付けられたみたいね」
そう言って女性は微笑みを浮かべた。雰囲気だけは完全に母親といったものだった。
「⋯⋯なんで今更?」
小雪がそう問いかけるが、そこに怒りは感じられなかった。単純な疑問をぶつけたといった印象を受ける。
「⋯⋯そうね。まず、そこに死んでるやつがこちらに『創造』の神を下ろそうとしていたことはいいかしら?」
いや、聞いたこともないんだが⋯⋯。力を得られるとは聞いたが、それ以上の情報は得ていない。とはいえ、『創造』の神を下すことが目的だったと今は捉えればいいだけだ。
「そこで邪魔になるのが、『変化』を受け継いだ『皇』、そして『無』。だから、私たちは始末されることになった。だけどね、私は仮にも神だから、一柱程度の力じゃ殺すことはできない。『変化』を消したのだって私と『創造』が居てやっとだから。今となっちゃ、なんでそんなことしたんだろうって感じだけど⋯⋯」
そう言って、女性は苦笑する。
「それは置いておいて、邪魔になった『皇』は殺して、私、『無』はここに囚われたってわけ。そこの空華ちゃんが助けてくれたからいいけどね。囚われる前はこの子の居た村にいたんだよ。そこで私は子供ができた。その子がこの子、小雪だよ。そしてすぐに私たちも襲撃を受けた。夫は殺され、私は囚われた。村も同時に大きな被害を受けたよ。でも、小雪の存在だけは知らなかったようでね、この子だけは見逃された」
女性がそう言うと、なぜか空華が渋い顔をする。小雪は特に何とも思っていないようで、いつも通りの無表情だ。
「⋯⋯だからだろうね。空華ちゃんから聞くまで知らなかったんだけど、小雪は村が被害を受けた原因である私の娘、白い髪まで受け継いじゃってたから、村人に迫害されていたって⋯⋯」
そう言ってその女性は顔を覆った。僕は何も言うことができなかった。一概に嘘だとも言えないし、ここで嘘をつく利点も考え付かなかった。本当に母親だとしても、僕が何か言うべきではないだろう。空華も同じように黙ったままだった。
ここで、何か言えるとしたら小雪くらいだろう。だから僕は、小雪のほうに顔を向ける。小雪はいつも通りに無表情で、特に怒りなどの感情は感じ取れない。
「⋯⋯気にしてない」
小雪はそう言って、その女性に近づいた。そして、その女性の背中に手をまわした。僕らは黙ってそれを見ていた。
「⋯⋯ごめんね。私が知らなかったばっかりに」
そうして、しばらく経った。
「⋯⋯そろそろ話し変えないと間に合わないんだけど⋯⋯」
気まずそうに空華が言った。確かにまた話が止まってたな⋯⋯。空華は割と不憫な扱いを受けているのかもしれない。
宵「かなり長くなった」
イ「それはいいけどさ、いきなり小雪ちゃんのお母さんの登場ですか⋯⋯」
宵「もともと登場する予定ではあったから」
イ「だとしても、ね」
宵「確かに技量不足でほのめかすことはできてなかったけどさ」
イ「今後に期待?」
宵「期待してもらえたらいいな」