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第90話 叫び

〈side小雪〉


 彼を押し倒した私は、彼の胸を思いきり叩きながらに叫ぶ。


「なんで!なんで!」


 どんな文句を言ってやろうか、と考えてきたけど、その言葉は全く出てこなかった。


「私は!私を!置いて行って!ふざけるな!ふざけるな!」


 考えていた言葉はもっと穏やかなものだった。しかし、口をついて出る言葉は自己中な言葉ばかりで⋯⋯。


「で、勝手に死のうとして!なんで!勝手に!」


 一度吐き出し始めてしまったら止まらなかった。


「私を生かしておいて!勝手なことばっかり!」


 自分が何を言っているのかも理解しちゃいない。ただ、勝手に口から言葉が出ていく。


「私は逃げなかった!なのに!なのに!」


 両手を握りしめ、思い切り彼の胸を叩く。


「責任をとれ!私を生かした!勝手に死ぬな!」


 非力な私の力じゃ、ぽかぽかと叩くことしかできない。だけど、心の限りに叫んでいた。


「私は!私はぁ⋯⋯」


 両手を思いきり叩きつけ私は項垂れる。結局、私が何を言いたかったか分からない。ただ、口から出る言葉を彼に叩きつけていただけ。文句だったのかもしれないし、ただ適当に言葉を並べただけかもしれない。

 急に私の頭に手が乗せられた。それを払おうとは思えなかった。そのまま私は撫でられる。無性にそれが心地よかった。


「悪かった」


 彼は一言そう謝った。


「ほんとに、やだから。私を一人にしないで、一人にならないで」


 私の気分も変になっていたようで、そんな言葉を返してしまう。いつもなら絶対に恥ずかしくて言えないような言葉を。


「分かった。一人にはしない。寂しかったな」


 そう言って、彼は頭を撫で続ける。

 そして、私の頬に何かが伝った。紛れまなく涙だ。一度あふれ出してしまったら、堰を切ったように流れ出して止まらない。

 私は耐え切れずに、思い切り彼の胸に顔を埋める。彼は、頭を撫でながらもう片方の手で私を抱きしめた。

 ぎゅっと、私は彼に押し付けられる。彼の体温が直に伝わってきて、とても心地よかった。


「本当に、悪かった。置いて行って。置いていこうとして」


 ただ、ただ、この空間が心地よくて、ずっと、この時間が続いてほしいと私は思った。



〈side刹那〉


 僕を押し倒したのは真っ白な、透明な、髪の女の子だった。とても可愛らしい顔を、今にも泣きだしそうなほどぐちゃぐちゃにして。

 そこに居たのは、見間違うはずもない小雪だった。彼女が、死んだはずだとか、そんなことは今どうでもよかった。彼女は僕にその拳を思いきり叩きつけた。そして、叫んだ。彼女の気持ちを。心を。それは僕の心を叩きつけた。

 僕は小雪の気持ちを考えていたつもりだった。でも、実際、何も考えられちゃいなかった。逃げるな、その通りだ。彼女が死のうとしていたときに、僕はそう言った。でも、今逃げていたのは紛れもなく僕だ。

 復讐を遂げて、僕は、僕には何もなくなったと感じていた。だから、死んでしまえば楽だと、そう考えてしまった。小雪の首を見たから、そんな言い訳もあった。でも、僕はきっとそれがなくてもこの道を選んでいた。だって、辛いから。何をしたらいいのか分からないから。

 何もないというのは非常に恐ろしい。自分のアイデンティティを喪失したような感覚になっていた。そこからまた、自分を見つけて生きていくのは苦しい。しんどい。だって、何も感じないのだから。何も感じないのに生きる目的を見つけろというのは酷な話だろう。

 でも、だからって逃げちゃいけなかった。確かにしんどいかもしれない。でも死んだらそれで終わりだ。それこそ、身勝手ってもんだろう。僕に何もなくても、生きなくちゃいけなかった。だって、それは否定だから。僕が、僕に関わってきた人が生きてきたということの否定だから。だから、自分で死のうなんて、本当に身勝手な話だ。

 それに、小雪に生きろと言っておいて僕が自分から死んじゃ駄目だったろう。死を考えるほどにつらかった小雪を生かしておいて、僕が楽なほうへ逃げたら本当に屑だ。

 だから僕は、そっと小雪の頭に手を置いた。うれしかった。僕を思ってくれて。僕を止めてくれて。僕に、そんな資格はないのだろうけど、僕は小雪が僕にそう言えるくらいに成長してくれたことがうれしかった。だから、褒めてあげたいと、そう思った。ここで、僕にそう言うってことは小雪は生きることを本気で選んだということだから。

 だから、僕はこう告げた。


「悪かった」


と。すると小雪は、一人にしないでと、一人になるなとそう言った。全くその通りだった。勝手に一人だと思い込んで、本当に一人になろうとした。死んでしまえば、それで終わりだ。そうなってしまえば、完全に一人になる。生きている限り、完全に一人になることなどありはしないのに。

 だから僕は、一人にしないと、そう言った。僕が一緒に居てやると、そういう思いも込めたのだが、それは少しキザだったか。

 すると彼女は、涙を流し始めた。それに恥ずかしさを感じたのか、僕の胸に顔をうずめた。

 僕も、気恥ずかしさを感じて、撫でていないほうの手を彼女の腰に回して、ぎゅっと、抱きしめた。


宵「一番書きたかったシーン」

イ「⋯⋯頑張って表現したのは伝わった」

宵「感動的では?」

イ「ちょっとうざいかな」

宵「ひどい」


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