第86話 『創造』
〈side刹那〉
「僕がそう簡単に殺せると?」
僕もにやりと笑みを浮かべそう返す。こいつを殺すために僕はここまで来たんだ。そう簡単に負けるわけにもいかない。
「そうだな。仮にも『変化』の能力を持っているんだ。相性はこちらが不利だろう」
相性?『創造』に『変化』が強いということだろうか。だとしても、こいつは僕の両親を殺したんだ。『変化』の能力相手でもなんとかできる方法を持っているのだろう。
「⋯⋯これで油断してくれたら楽だったんだが」
僕が警戒の姿勢を解かなかった様子を見て、男はそう言った。
「さて、これ以上の会話は野暮というものか。お前も俺を殺したいんだろ?」
男はそう言ってまた、にやりと笑みを浮かべる。瞬間、僕の体に重圧が加えられるような感覚がした。本当に重くなったわけではないが、そうと錯覚させるだけの圧を男が出していた。だが、僕がこいつを早く殺したいと思っているのも事実。僕はナイフを握る手にさらに力を込めた。
男は、僕に向けて手をかざす。
すると、周りから突然現れたナイフが飛来する。ぱっと見渡した限りでは抜けられるような隙間はない。手に持つナイフではじいてもその間にほかのナイフにめった刺しになるだけだろう。
そう判断した僕は、能力を発動させて腕を振るう。異常なまでに加速した腕による風圧で向かってきたナイフははじかれる。腕には自己治癒能力を加速させ続けているので腕のほうがはじけ飛ぶといった事態にはならない。確かに、この応用の効きようは異常と言えるだろう。これが神様の力が元だと言われてもおかしくはないかもしれない。
僕は、地を蹴り能力でさらに加速させる。一瞬で距離を詰めようと試みるが、それは男がまた手をかざして作られた壁で防がれる。突撃すれば壊すことはできただろうが、視界が奪われその隙に攻撃を受ける可能性が高い。というか、そうなるだろう。
僕が立ち止まった隙に、僕の周りに壁が作られ完全に囲まれる。能力で加速させた腕を振るい、その壁を外側へと吹き飛ばす。先ほどは思いつかなかったが、次に壁で攻撃が防がれそうになったらこうすればいいか。壁を外側に吹き飛ばせば僕の周りに砂煙が舞うことはなく、そこからなら攻撃されても回避なり、防御なりができる。
先ほど壁があった場所に舞い散る砂煙の中から、再度僕のもとへナイフが飛んでくる。それを、再度風圧で吹き飛ばす。そのまま、僕は男がいるであろう場所へと突撃する。
しかし、後ろから気配を感じて体をひねる。気づくのが遅かったからか、僕の横腹を切り裂いてナイフが飛んでいく。とりあえず、自己治癒能力を加速させて傷を治療する。⋯⋯なるほど、一度創ったものの操作は自由自在ってことか⋯⋯。つまり、意識をそちらにも割く必要がある。
また、周囲からナイフが飛来してくる。すぐにそれは吹き飛ばすが、吹き飛ばしてすぐまた僕に向かって飛来する。このままだと、流石に処理しきれなくなるか⋯⋯。
そう考えた僕は、自分の意識に能力を使う。周囲がスローモーションとなるが、一気に気分が悪くなる。ありえない状況を脳に処理させている弊害だろう。ずっと使っていればこちらに脳が対応してくれるとは思うのだが、そうするとまともな日常生活が送れない。
スローとなった世界で僕に向かって飛んできているナイフに逆に僕から接近する。それらの一つを手に取り、他のナイフに向かって振るい、ナイフを破壊する。あの砕け散った壁を利用しないということは、壊れたものは使えないと考えるのが妥当だろう。
そして、すべてのナイフを破壊し終えた後で、自分の手に持っているナイフをもとから持っていたナイフで砕く。そのまま、男のほうへと接近するがなぜか、男の体が吹き飛ばされ近づくことに失敗する。さらに、加速し僕は男へ接近するが、それも男は吹き飛ぶように回避する。
途端に新しいナイフが僕の周りに現れ再度飛来してくる。それを先ほどと同じ方法で砕いて、また接近を試みるが、それも何かに押し出されるように回避される。おそらくだが、僕との間に空気か何かを生み出しているのだろう。僕のように、体を動かしての回避はできないから無理やりに体を移動させているのだろう。この速度で飛ばされれば体が破裂しかねないが、そこは亀裂のできた場所から体を『創造』しているのだろう。僕が言えたことではないが、こいつも無茶苦茶なことができるな⋯⋯。
それと、何かしらの方法で僕の動きをとらえることもできている。僕らは今一般人では文字通り目に留まらない速度での戦いを繰り広げている。明らかに『創造』の能力の範囲外なことをしているといえるだろう。動体視力の異常な目とかそんなものを『創造』しているのかもしれないが、それだと初めから僕の認識できないような速度でナイフを『創造』すればいいだけだ。おそらく、それとは違う何かがあるのだろう。
今の状況で僕にできるのは攻撃をすることだけだ。さらに、能力で加速させ男に接近する。しかし、また男は何かに飛ばされるように僕から距離をとる。そして、僕の周囲を取り囲むようにナイフが出現する。そして、僕に向かってまた飛来してくる。それらをまた砕き、男に接近するが、変わらずだ。
それから、何度か同じことを繰り返したが結局状況は好転しないのだった。
イ「いや、能力の使い方が異常すぎるでしょ」
宵「自分の認識を加速させるとか、書いてる時も意味不明だからな⋯⋯」
イ「あんたが言うかそれ」
宵「一応『変化』の権能っていう神様の力が関わってるから」
イ「⋯⋯だからってやりたい放題すぎるでしょ」
宵「まあ、加速とか言って栄養とか関係なく回復しちゃってるしね」
イ「それも自分にとって都合のいいように『変化』させたってこと?」
宵「そ。これだけでも異常な能力だってわかるね」