第85話 黒幕
〈side刹那〉
空華と別れてから、僕は例の階段を下っていた。牢屋につながる階段とは違って灯りも多くあり、踏み間違えなどは起こりにくそうだった。これくらいの明るさが普通なのだが⋯⋯。
こつん、こつん、と僕の歩く足音だけが響き渡る。空華の話ではこの先では儀式とやらが行われているらしい。階段を完全に下り終えると、目の前には扉が一つあった。
その扉を開くと、先にあるのは長く続く廊下だった。奥は真っ暗で全く見えない。明るさが足りないというわけではなく遠すぎて、という意味だ。いや、本当に億劫になるくらい長いのだが⋯⋯。とはいえ、歩くしかないか。ここで、能力を使ってショートカットすると音が出て相手に気づかれる恐れもある。にしても、空華はこの距離の長さとを頭に入れて僕の時間稼ぎをしたのだろうか?
そんなことを考えながら、廊下を進んでいく。幸い、道の灯りはしっかりとあるのでつまずいたりとかはない。しかし、道が曲がりくねっており若干の歩きにくさはある。
⋯⋯それから、数分間歩き続けた。数分間歩けるだけの距離を地下に掘ったのか⋯⋯とくだらないことを考えてしまうくらいには暇だ。特に罠があるわけでもないし、ひたすらに長いだけの道。
⋯⋯さらに十数分歩き続けた。ここまで距離を話す必要はあったのだろうか?愚痴をつきたくなるが、そんなことを言っても仕方ない。
それからしばらくして、ようやく出口らしき扉が現れた。腰に携えたナイフを握り、左手でドアを開ける。
警戒していたが、特に攻撃されることはなかった。
「ようやく来たか。待ちわびたぞ」
僕の姿を見て、男がそう言った。以前取り逃がした『創る』能力者の男だ。こいつが僕の最後の復讐相手で今回殺さなければいけない相手だ。仮に、任務がなくても生きて帰すつもりはないが⋯⋯。
「⋯⋯そうか。だったら分かってるな?」
僕はそう言ってナイフを突き出す。特に男は怯えた様子もなく、
「確かにそれもいいが、まずは話をしないか?」
と僕を嘲るように言い返してきた。
「お前と話すことはない」
僕はそれに否定の言葉を返す。
「そうか⋯⋯。それがお前の親についてでもか?」
「⋯⋯」
気にならないと言えば嘘になる。だが、こいつを殺してしまいたいという気持ちがあるのも本当だ。それに、ここでこの男が話をすることに男からしたらメリットもないように感じる。
「お前には聞く権利がある。『皇』の生き残りだからな」
『皇』⋯⋯。僕の苗字であり、珍しいものであるだろう。空華も『皇』という言葉を口にしていた。
「無言は話を聞くということでいいな?」
「⋯⋯分かった。聞くだけ聞こう」
結局僕は聞くことを選んだ。
「そうか。まず、世界の始めに三柱の神があった。それぞれ『創造』、『無』、『変化』をつかさどる神だった」
⋯⋯僕の家についての話なのに世界の始まりから始まったんだが。まあ、しばらくはちゃんと聞いておこう。
「その三柱が作ったのがこの世界だ。だが、『創造』、『無』の神は『変化』を嫌った。そして、『変化』の神から力を奪った」
「で、さらに『創造』の神は力を失った『変化』の神を殺した。その結果、作った世界が成り立たなくなってしまう。ここで『創造』、と『無』の神はそれぞれ別の行動をとった。『創造』は自分の力だけでうまく回る世界を創ろうとした。『無』の神は『変化』の神の力を集め、元の状態に戻そうとした」
「で、ここで『創造』の神が創った世界がお前の行っていた世界だ。『創造』の力だけでできた世界だから『変化』しない。成長がない。だから、俺らは異世界人を『停滞者』って呼んでるわけだ」
「一方の『無』の神も『変化』の神の力を集め、この世界に『変化』が返ってくることになった。で、その時『変化』の力を与えられたのが『皇』ってことだ」
『変化』か⋯⋯。その力が僕の家にはあったってことか⋯⋯。全てを信じていいのかは分からないが、そんなところだろう。
「つまり、『皇』の人間は生まれ持った能力者ってことだ。で、それを良く思わないのが『創造』の神だ。いくら神と言っても人間界に強く干渉することはできない。そこで、真逆の力を与えて相殺させようと考えた。その結果生まれたのがこの世界の能力だ」
⋯⋯空華の話と一致するな。あいつが嘘を言っていなかったのか、こいつの話を聞いただけか。
「それはうまくいったんだが、完全に消すことはできなかった。だから、俺を使者とした。だから俺の能力は『創る』じゃない。『創造』だ」
つまりこいつは、『創造』の神とやらから直接力を授かったってわけか。どれだけの強さがあるのか分からないが。
「そして、俺は『皇』を滅ぼすことになったんだが、お前の両親がな⋯⋯。お前という存在を俺たちが忘れるようにと『変化』させたんだよ。おかげで、お前の存在を知るのが遅れちまった」
⋯⋯僕は両親に助けられたって言いたいのか。だが、それが真実であれ、嘘であれ僕がこの男を殺さなければいけないことに変わりない。親に生かされた命だろうと僕はこの生き方しか知らない。
「さて、こんなもんで終わりだが⋯⋯。なんで俺が話したか分かるか?」
⋯⋯こいつの目的が『皇』を滅ぼすことだとしたら簡単だ。
「僕を殺すからか」
僕がそう答えると男はにやりと笑みを浮かべて⋯⋯
「正解」
と返すのだった。
イ「とても長い洞窟をつくる人って、能力で掘ってんの?」
宵「また、能力の無駄遣いだな」
イ「明言はしてないけど、単一の組織が作るのは無理じゃない?」
宵「情報も漏れかねないしね」