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第80話 悪夢

〈side小雪〉


 そうして、そうして私は目を覚ます。先ほどまでの痛みはどこかへと消え去っている。目を覚ました私に真っ先に浮かんだのは、疑問だった。あの痛みからするに間違いなく死んでいるだろうし⋯⋯。そこまで考えてから、私はあたりを見渡す。辺りはいくつかの家が建っていて少しの畑がある村といった場所だ。カラスの鳴き声も聞こえてきて少々不気味だ。

 ⋯⋯見覚えがない。一瞬そう思ったが、すぐにこの景色を思い出す。


「お、お目覚めか?」


 いつの間にか近くにいた男がそう言ったが、私は今それどころじゃなかった。思い出した途端に、体が震えだす。指先まで血が通っているのかすらよく分からなくなるほどに感覚が麻痺していく。


「ん?はは、お前も怖がるようになるんだな。よっぽどいい夢を見てたのか?でもな、こっちが現実だよ。悪魔の子が」


 そう吐き捨てるように言って、その男はどこかへと消えていく。

 そう。ここは間違いなく、私の故郷だ⋯⋯。あの日常的に暴力を振るわれていた、そんな場所だった。それを認識した途端に、行き場のない恐怖に襲われる。また、あの日々が始まるのかと、そう考えてしまう。

 そして、それは先程までのすべての記憶は嘘だということで⋯⋯。


「あ、ああ⋯⋯」


 思わずそんな声が漏れる。あの日々、私の恋も全てが都合のいい妄想で単なる夢でしかなくて⋯⋯。そう思うと、混乱からか頭の中がかき混ぜられるような、そんな感覚になる。あのすべては全て何の意味もない、そんな日々で私がこの場所から逃げるために作り出した幻想なのだとそんなことを何度も何度も、繰り返し繰り返し考えてしまう。

 だんだんと、あの記憶が夢だったという事実とこの村に今私がいるという事実、その両方から感じている恐怖が絡まって、何が何だか分からなくなる。

 そうして、しばらく時間が経つとそれすら無くなった。昔、いや私が眠る前の経験からか自己防衛のために感情を閉ざす。こんな場所で感情なんて持っていたら本当に持たない。救いもなく、終わりもなく、延々と続く暴力。それに襲われているだけで、ストレスみたいなものが溜まっていって心が壊れる。体も一緒に壊れる。だから、自然と自分の感情に蓋をする。そうすれば、少しくらいは長持ちする。

 それが私があの時学んだ自己防衛術で、忘れたい過去、経験である。こんなものはないほうがいいに決まっている。また、何かの拍子にこんな風に過去の自分に逆戻りしてしまうことがどうしようもなく恐ろしかったからだ。その恐れていたことが現実となってしまったわけだけど、なったらなったで恐れていたことが嘘だったように何も感じることはなかった。

 そんな風に何も感じなくなってしまうことが怖かった訳だけど、結局そんなことは今の私にはどうでもよくって、今の私にとって大切なことがきっと、どう生き残るのかなのだろう。こんな時にまで生にしがみつくことに固執してしまう私は滑稽にすら思える。なんだかんだ、あちら、夢の中にいた頃も死にたいと考えても本当に死ぬ勇気は持ち合わせてはいなかったんだろう。

 そう考えているうちにあちらでの生活が沸々と蘇ってくる。助けられてから、人助けなんかをして、何人もの人を殺しもした。そして、謎の異世界に行って、二つ目の能力を得て⋯⋯。それは全部夢だというはずなのに鮮明に思い出せてしまう。もういっそ、不鮮明であってくれたほうがすぐに忘れられてきっと楽であるはずだというのにも関わらず、本当に簡単に思い出せてしまうくらいには明確に思い浮かぶ。

 私の恋すら、もう思い出したくもない。だというのに、彼の姿が鮮明に思い浮かぶ。きっと、彼は私の理想を体現した作り物、ハリボテだったのだ。強くて、頼ることができて⋯⋯。本当に馬鹿みたいだ。こんな空想にすがってしまうとは⋯⋯。

 結局、それは一時的な現実逃避場所で、こちら側が現実で。きっと、私は限界なんだろうな⋯⋯。そうだとは分かっている。なのに、この世界が嘘であっちが現実なのだと、そう主張する自分もいる。こうなると、忘れてしまいたいのか、あちらに逃げ続けたいのか、それすら分からなくなってくる。

 でも、きっと、その答えを出そうとする自分なんていない。それが分からずにずっと迷っていたほうがきっと楽だ。だって、そう思う限り、夢の記憶という逃げ道があるのだから。迷いを振り切って、真実に向かい合うなんてことは、結局強くない、弱い私には出来るはずもない。だから、彼だって強く私を助け出してくれるように妄想したのだろう。

 あちらでの私はいわばお姫様だ。自分は閉じこもって何もする気がないというのに、外へ連れ出してくれる王子様を待つ、もう駄目な人間だっただろう。いや、あちらでの私じゃない。結局、どちらも私なのだ。こちらの私だって、誰かが助け出してくれるのを夢想するお姫様だ⋯⋯。

 本当に、なんでこんないらない記憶を持ってしまっているのだろう。これさえなければ、簡単に感情を消すことができるというのに。夢での出来事、すべてが私にいらない希望を持たせる。こうなってしまうならば、あの楽しかった夢だって悪夢に違いない。


イ「うわ⋯⋯。支離滅裂」

宵「表現力の限界です⋯⋯」

イ「にしても、悪夢って⋯⋯」

宵「そうとしか思えない環境に放り込まれたからね」

イ「迷うほうが楽なくらいに?」

宵「そもそも、大体の物事って迷ってたほうが楽だからね」

イ「迷うなってこと?」

宵「いや、存分に迷っていいと思う。しっかり考えて最終的に答えを出すなら」

イ「結局何が言いたいの⋯⋯」

宵「変えるってことは、エネルギー使うんだよね。だからこそ、同じ場所をずっとぐるぐる回ってたほうが楽。つまり、選ぶために回るのはいいけど、楽だから回るのはよくない、ってこと」

イ「ふーん。学生がなんか言ってるくらいに思っておけばいいんだ」

宵「聞いて無かったろ⋯⋯。まあ少ししか生きちゃいない学生の意見だけどね⋯⋯」


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