第72話 とある噺
〈side⋯⋯〉
ふわりと私は地に降り立つ。木々のざわめき、太陽の光、風のにおい、地面を踏みしめる感覚さえも新鮮に感じる。息を吸い込むと肺に空気が満ちていく。これもまた新鮮な感覚だ。
足を踏み出してみる。しかし、歩くことに慣れていないからか私はうまくバランスをとれずに地面に倒れこむ。草に受け止められたことで、傷を負うことはなかったがじんじんと体が痛む。地面に手をつき、力を入れる。若干地面に手が入り込むような感覚とともに私は起き上がる。
立ち上がってから、ゆっくりと歩き始める。何度かふらつきそうにはなったが、倒れることなく歩くことには成功する。そうして歩いているうちに日向に出る。目を刺すような太陽光に思わず私は目をつむる。
「そこで何をしてるんだ?」
そんな私に声をかけてくる人間がいた。特に何かをしているわけでもない私は、少し回答に迷った。
「⋯⋯散歩?」
「こんな森の中をか?女性一人じゃあぶねえぞ」
その人間は私にそう言ってきた。
「気にしなくてもいい」
そう言って私はその場を後にしようとする。そんな私を見て、その人間は、
「いや、待てよ。森の中を女性一人で歩かせられねぇっての」
と言って私を引き留めた。
「私にも用事がある」
私はもちろん用事があってこんな場所に来ている。
「はぁ、そうは言ってもな⋯⋯」
その人間はそう呟いて何やら考え込む。やがて、顔を上げて口を開く。
「⋯⋯分かった。用事が何なのかは知らねぇが、俺が付き合ってやる」
その人間は何を思ったのかそんなことを言い始める。
「⋯⋯邪魔」
率直に、私はそう言い放つ。
「⋯⋯いや、流石の俺もそこまで言われると傷つくからな?」
項垂れつつ人間はそう呟くように言った。
「事実」
私はその人間にとどめを刺すような一言を言い放つ。うぐっと、うめき声をあげてその人間は胸を押さえて座り込む。
「とはいえ、流石の俺もここで引くわけにもいかないんだよな」
さすがの俺、という発言は多すぎないかと内心で思いつつ私はどうしようかと考える。
「で、どこに行くんだよ。俺のトラックで送ってってやる」
送ってくれる⋯⋯その言葉に少し惹かれてしまいそうになるが、行先は不明というのが現状だ。行き先の分からない旅へなんていうのは頭のおかしいやつだし、送るにしてもどこに行けばいいのかは分からないだろう。
というわけで、その提案は却下せざるを得ないのだ。
「そろそろ行っていい?」
こういう時の対処は相手にしないと聞いたことのあるような気がする。気がする程度だが。
「分かりやすく逃げようとするな!」
そんなこと言われても⋯⋯。
「さあ、さっさと行き先を言うんだ。こんな森の中にいるんだ。まともな行き先じゃないだろ」
まともな行き先じゃないは言い過ぎだろう。森の中で迷ってるだけかもしれないじゃないか。
「とりあえず、適当に散策」
これはその通りだ。正直、どこに行ったらいいのかは分からない。
「適当ってなぁ。まあいいや。どうせ俺も旅人だ。付き合ってやろう」
⋯⋯あれ?ここはそれは無理ってなる流れじゃないの?付き合ってもらう流れじゃないと思うのだが⋯⋯。
「それに、お前さんみたいな美人一人で旅させたんじゃどうなるのか分からないからな」
⋯⋯美人。確かに世間一般からすれば美人だろうけど、面と向かって言われるとは⋯⋯。
「心配されるようなことはない」
まあ、そう言われたからといってこの人間と一緒に行くわけにはいかない。それに私は弱くない。おそらく最強だ。
「⋯⋯そこまで拒否されるのか。分かった。俺もついていく」
こいつは私の言葉を聞いていたのだろうか。分かった、じゃなくて分かっていない、だろう。いや、拒否されたことは理解しているので思考回路のほうがおかしいのだろう。
「⋯⋯分かった。勝手にすればいい」
もう、ずっと無視を続ければいいだろう。そうすればいつかこの人間もどこかへ行ってくれるだろう。
そう思うことにして私はその場を後にする。
そうして、それから数日が過ぎた。もちろん、諸事情で離れることはあったもののこの男はずっと私に付きまとってきた。もうストーカーとして訴えてもいいのではないだろうか。それに加えて、私に対しての気遣いも忘れない。食事を持ってくるのはもちろん、寝袋なんてのを持ってきたときには若干引いた。そもそも、私にそれらは必要ないのだが、まあそれは間違いなく人間から外れるため言うわけにはいかない。言ったところで信じちゃもらえないと思うが⋯⋯。
それは置いておいて、私の目的のほうの進捗はというと、全く進む気配がない。いや、進んではいるのだろうけど数日かけても数パーセント程度だ。思っていた以上に距離があった。それも一つ集める内で、だ。こんなペースで進めるとなると数十年かかっても終わらない可能性がある。数十年かかることはそこまで大した問題ではないのだが、先日のトラックで送ってもらえるという発言。それを思い出してしまうとすがりたくなってしまうのも仕方がないと思う。つまり、そういうわけで私は男にこう声をかけるしかなかった。
「⋯⋯送って」
言った後で人にものを頼む態度ではないと気付く私なのだった。
イ「はい!これ読める人ー!」『噺』
宵「読めた人はすごい!(作者は変換で初めて気づいた)」
イ「さて、今回のあとがきは~?」
宵「次回予告じゃないんだから⋯⋯」
イ「世間知らずの美女とストーカ気質のある男の話でした」
宵「字面は完全に騙される流れだな」
イ「救世主がやってくるかもよ」
宵「ジャンル変わらない?」
イ「変わらないでしょ。実際刹那君が小雪ちゃんを助ける流れはあったわけだし」
宵「それを空華が話しているのか⋯⋯」
イ「そう考えるとおかしいかも?」
宵「おかしいと思うぞ」
イ「なるほど⋯⋯。まあそれは置いていくとして」
宵「置いておくだろ」
イ「この女性は誰なわけ?」
宵「伏線はいっぱいあるよ」
イ「一話にいっぱいあったら伏線と呼べるのか⋯⋯」
宵「明言しなければ伏線だ。そうだ。きっとそうだ」
イ「まあ、次回をお楽しみに」
宵「予告はなくていいのか?」
イ「流れで言っただけだから」