第3話 VS魔物
じゃあ、平均の12倍もあるということか。他の数値は同じく100前後だった。もちろんレベルは1である。なぜこんなにも高いのかよくわからないのだが。そう思って彼女にこのことを聞いてみる。
「なぜか僕の体力が1200あるんだけど」
「えっと、1200?レベル30くらいでもないとそんな数値にはならないよね?」
そんなこと言われても僕にはわからない。この世界に来て彼女以外の人と会っていないから当然である。
「何度も命の危機にでもさらされたの?そしたら増えることも納得だけど。いやでも、さすがにそんなに増えることはないか。…んーさっぱりわかんない。よっぽどの戦乱の中で生きてきたんじゃない?そのせいで記憶が混濁しているとか。それくらいしか思いつかないや」
異世界から来たと思っていたけどその可能性もあるのか。違和感がないこともない。記憶にしても今考えたら確定のことでもないし、それに記憶の年齢と現在の身長がかみ合っていない。15歳くらいだと思っていたけど実際、18歳くらいの身長がある。そう考えると記憶の自分と今の自分は別人なのかもしれない。ならばなぜ僕の記憶がこの体に宿ったのか、という疑問も残る。とはいっても考えたところで分からないので思考を放棄する。今は魔法だ。あの獣に対抗手段がいち早くほしい。ずっと彼女に世話になるわけにはいかない。
「じゃあ、そろそろ魔法について教えていこうか。まあ私には能力があるから魔法はあまり使わなくて、基礎くらいしか教えられないけど。能力のほうが魔力効率がいいし」
そして、解説が始まったわけなのだが、
「もう少し論理的に説明できないですか」
「んーだから、ぐるぐるっとしてドカーンって感じだってば」
いかんせん擬音語が多すぎる。それにもう少し論理的にって言ったよね。論理的の意味が分かっているのか不安になってくる。これで理解するほうがおかしいくらいだ。しかし、この言葉以外に頼りになる言葉はないのが現実。言葉通りに試行錯誤を繰り返すしかない。
それから2,3時間がたったころ、僕の手の中に、火の玉らしきものが一瞬現れた。
「もうコツをつかんだの?早いねぇ。みんな文句を言って全然できないっていうのに」
文句を言いたい気持ちはずっと抑えていた。そのみんなが文句を言いたくなる気持ちは嫌というほどわかる。むしろ、思わない人のほうが珍しいと思う。本人は無自覚なのだからさらにたちが悪い。次に何かを教わるときは彼女にではなく他の誰かに教えてもらおうと心に決めた。その誰かはまだいないわけだけど。何とか探し出さないと後が大変なことになりそうだ。町に降りたらすることが増えた。
そしてさらに練習を繰り返して数時間が過ぎた。集中力は意外にも続いた。炎もだいぶ大きくなった。ステータスのMPを確認してみる。以外にもバーは全く減っていないように見えた。MPの消費量はこんなに少ないのか。目では確認できないほどの変化で現在のMPが表示されているわけではないのでどれくらいの量消費したのかわからないが一回使うだけならMPは1も消費しないのかもしれない。
魔法があれば、正直能力なしでもやっていけるような気がする。それくらいに魔法というものは便利なものだった。ちなみにミナは魔法を初めて使った後に、魔物狩りに行っている。あの獣のような奴らを魔物とこの世界では呼ぶらしい。魔法の訓練は疲れたら終わっていいとのことだった。ある程度使えるようになったので家に戻ろうとする。
その瞬間、背後に何かの気配がした。僕は振り返り、その相手と対峙する。そこには、以前僕を苦しめた獣の姿があった。いつもはミナが対応してくれるのだが、今はいない。昼間に魔物が動くことも珍しく、めったに遭遇しない。
夜は、ミナが家の周りに結界を張ってくれているらしい。実はミナって強いのではないだろうか。いや強いか。強くないとこんな魔物の巣窟のような森にわざわざ来るようなこともないだろう。周囲にも魔物を狩っている人がいないから初心者用の狩場ってわけでもないだろうし。そんな場所で見ず知らずの僕をかくまうこともできる。
イコール強いということで間違っていないだろう。まあ、今いない人のことを考えても仕方ない。そう思って僕はそいつに向かって火の玉を放つ。しかし、そいつは体をひねってかわす。そして僕に向かってこぶしを放つ。
「おっと」
僕はそれを後ろに下がって回避し、さらに火の玉を放つ。その火の玉は、そいつに向かって真っすぐに飛んで行き、見事にヒットした。一撃で絶命させることはできなかったが、致命傷になっただろう。とどめにもう一発炎を放つ。その炎は獣に燃え移り、やがて鎮火した。そのころには、獣も動かなくなっていた。
「ふう」
と僕は息をつく。初めての戦闘であったが何とか勝利した。勝利したのはいいのだけれども、この死体どうしよう。そんなことを考えていると、
「練習お疲れ~。その様子だと、魔物に勝ったのかな」
そう言いながら、こちらにナイフを手渡してくる。
「そのナイフで人間でいう心臓の部分に穴をあけて、中から魔石を取り出して。魔石は15cmくらいのきれいな石だから」
言われるがまま獣を解体していく。グロイ物はあまり得意ではなかったが、なぜか吐き気なども催さず解体できた。魔石は宝石とは違い不透明だが観賞用としてもいいくらいきれいで、角度によって見える色が異なる。
「魔石は売ればある程度のお金になるから。ドロップ品は依頼料と合わせて冒険者の基本収入になるから覚えときなよ~」
ちなみに毛皮は燃え尽きて使い物にならないそう。まあ、慣れてきたら炎魔法以外で倒そう。結局魔法はイメージだから、まだ教わっていない魔法でもイメージさえ作れば練習さえすれば使えるようになるだろう。イメージを作るといっても口で言うほど簡単ではない。例えば、炎を明確にイメージするとなると、なかなか難しい。初めての人に、いきなり炎を絵に描けと言われても書くことは難しいように、明確なイメージっていうのはなかなか作るのが大変なのだ。
「戦闘なかなか大変だったでしょ~。初めての人だと固まって動けなくなって、殺されるか逃げ帰ることが多いから、基本はパーティを組んで挑むんだよ。それを一人でこなしちゃうんだもん。多分、冒険者の才能あるよ。解体はあまり上手というわけでもないけど、魔物の死体さえ持っていけばギルドが解体してくれるから気にしなくてもいいか」
と彼女は苦笑を浮かべる。
「ギルドは冒険者が集まって依頼を受けたりするところね。私の用事が終わったらギルドに登録してみるのもいいかも。行く当てもないんだよね?いつまでも私が面倒を見ることもできないから、必然的に宿暮らしになるんだけど、冒険者として稼ぐのが一番いいんじゃないかな。高ランクになると宿代も少し安くなるし。まあ、危険が伴うから、刹那次第なんだけど。今すぐ決める必要もないし、ゆっくり考えていけばいいよ。ちなみに私はAランク冒険者だよ」
一番上がAなのかSなのかはわからないけど、どちらにせよやはり彼女は高ランク冒険者だったらしい。そんな人が潜る森の魔物って、よく僕は倒せたな。やはりはじめは、オオカミとか角の生えたウサギとかを狩りに行くんだろうか。RPGの定番で考えてみたけど、その程度の相手だったら簡単な武器を持った村人でも倒せるだろうから、冒険者が戦う必要はないか。まあ、今は分からないことだらけだし、町に降りてからそこらは決めるとしよう。ふと思ったのだが、どうして僕はまだ町へ降りられていないのだろうか。遭難した村人を安全な場所に送り届けるのも冒険者の仕事ではないだろうか。送り届けるには町から離れすぎているのだろうか。そうなら帰ることがつらくなりそうだな。このことは聞いておくべきか。そう思って僕は彼女に尋ねる。
「そういえば、僕はいつになったら町に行けるんだ?」
彼女は苦笑を浮かべ、口を開くのだった。