第11話 布団
ダンジョン探索を初めて、3~5時間程度たっただろう。初めてのダンジョン体験ということでこのくらいでいいでしょうということで、ダンジョン探索を打ち切ろうと思ったのだが⋯⋯。思いもよらない相手に遭遇してしまい、僕は顔を抱えてうずくまっていた。
―数分前―
ダンジョン探索を切り上げるため僕らは引き返していた。
「さて、帰ったら全員で飲むか!」
そんなことをクラエスは言う。僕は飲める年なんだろうか?まあ、飲まないけど。ぬるいビールなんて絶対飲まない。おいしくないに決まっている。いや、この世界ではエールっていうのか?そう考えたら、日本に戻ってキンキンに冷えたビールを飲みたいな。飲んだことないけど⋯⋯。
「いいけど、未成年っぽいの子もいるんだから店は考えなさいよ⋯⋯。ねえ、ユキちゃんは何歳?」
そう言って、ユキのほうを見る。僕は?あっ、そういえば今、身体年齢おそらく18なんだった。
「15」
と雪は言った。
「じゃあ、ちょうど飲めるね。まあ、苦手なら無理はしないでね」
この世界は15歳が成年らしい。ファンタジーだねぇ。
奴が現れたのは、そんな話をしていた時だった。擬音を使うとしたらふわふわが正しいだろう。そう、宙を舞う布団である。こんなの見たら、こう言わずにはいられない。
「布団が吹っ飛んだ⁉」
正確には吹っ飛んでなどいないのだが、僕の中に宿る、親父がこの言葉を叫べというのだ。そして、僕はその力に負けてしまった。
「高級布団だ!こいつは早い者勝ちな!レアな魔物なんだからな!」
僕の声を聞こえないふりをしてくれたのか、単純に気づいていないだけか。クラエスがそう叫ぶ。どちらにせよ⋯⋯泣きたい⋯⋯。
「譲らないよ!」
そう言ってモニカも突撃していく。僕のセリフは無視するんですね⋯⋯。
ちらりとユキのほうを見てみると⋯⋯僕に白い目を向けている。反応はしてくれたけど、これはこれでつらいな。そして今に至る。
少し僕に白い目を向け続けた後、ユキも杖を構える。僕もしばらく顔をうずめてしゃがみこんだ後、布団に向かう。すべての恨みを込めて。
そして、現在に至る。僕は魔法を、連射する。火、水様々な魔法をぶつけていく。
そして⋯⋯クラエス、モニカ、ユキの中の誰でもなく僕がこの布団にとどめを刺した。
そして、そこに残ったのは、布団、一組であった。
「おお!よかったじゃないか!」
思わず、は?と応えそうになるが、その言葉は飲み込み無言を貫く。ただ布団がドロップしただけじゃないか⋯⋯。
「この布団は、1時間も寝れば10時間寝たのと同じだけ体調がよくなるのよ」
そうモニカが教えてくれる。なんだろう。すごいのだが、何やらブラックの企業が使用を推奨してそうな機能だな。普通に使う上では全く問題ないのだが。
「じゃあこれは倒した刹那のね」
「そうだぞ!受け取れ!受け取れ!」
なんだか最近もらってばかりの気がするのだがまあ、今回はありがたく受け取ることにする。それを手に持つと、何やら縮んでいき⋯⋯ポケットサイズになった。なにこれ?便利過ぎない?まあ、私怨は残るけど⋯⋯。
そんなことがありはしたが、その後、僕らはダンジョンから出るのだった。
ダンジョンから出た僕らは、そのまま、ギルドへと向かった。日が暮れていたこともあってか、中は酒のにおいが充満している。
「はい。素材は⋯⋯すべてありますね。これで依頼は達成です。またお願いしますね」
ダンジョンでの素材を納品し、報酬を受け取る。ダンジョンに行く前に受けておいた納品依頼だ。別に手に入れた素材すべてを納めないといけないというわけではない。まあ、たいていの素材は納品するのだが⋯⋯。
ともあれ、ダンジョン探索は完了した。ということで、予定していた通り飲み会が始まるのだった。
「「新人の初ダンジョン挑戦を祝って、乾杯!」」
そうモニカとクラエスは言って樽を掲げる。ちなみに中はビールらしき、泡立った黄色い液体だ。日本では飲んだことがなかったのでこれがビールなのかはわからない。とりあえず、口に含んでみる。若干の炭酸と苦みが口の中を広がるのだが⋯⋯まずい。えっと、こんなのをみんな飲んでるの?しんどくない?
そんな、初めての酒だった。
あっ、そういえば冷やすとおいしいと聞いたことがある。だったら、とその酒に向かって魔法を放つ。氷を入れると味が薄くなる可能性があるので、熱を逃がすイメージで⋯⋯と。そして、キンキンに冷えた酒が完成した。それを口にそそぐ。うん。だいぶましになったかな。おいしいとは言えないがまずくはない。
「にしても、お前、魔力の量すごいんだなぁ」
顔の赤くなったクラエスがそう声をかけてきた。おそらく、あの忌まわしき布団戦のことだろう。
「こりゃ、この町も安泰だなぁ」
酔いが回ったからかいつもと口調が違う。
「いや、そんなにすごいわけじゃないと思うが」
「いやいや、ふつうの魔術師でも10回も魔法使えば魔力は尽きるぞ」
そうなると、ミナの言っていた能力で回復速度を速めているって推測があっているのだろうか。使ったそばから回復しているとしたら、ほぼ無限の魔力ってことにならないか?神様、チートすぎやしないだろうか?だって、能力で使った魔力も回復しているってことだろ?まあ、頼りすぎないほうがいいだろうけど。
「そんな能力なだけだよ」
「なるほどな。能力者だったってことか。この町じゃ能力者なんてほとんどいないからなぁ。冒険者の中じゃミナってやつくらいか。この町で最強の冒険者だな。ほとんど会うことなんてないんだがな。まあ、能力者自体が貴重だからな」
そう言って、クラエスはなぜか笑う。笑う要素なくない?兎角、能力者は貴重だってことか。そんな大勢いたら普通の人間が生きにくい環境になるだろうからな。
「俺はいいがそんなに能力者だってことを周りに言いふらすなよ。利用しようと近づいてくるやつもいるからな。まあ、無限の魔力なんて冒険者ぐらいにしか役に立たないだろうがな」
そう言って、また「がっはは」と笑う。ああ、酔うと笑うタイプなんだなクラエスは。今更ながらそう思った。
と、それはいいんだよ。魔力無限なんて冒険者以外でも役に立つだろ。無限資源だぞ。きっと、地球人は大喜びだろう。この世界じゃ資源は重要視されていないのだろうか?魔法で代用できるのだろうか?そうだとすると、ミナの言っていた、魔法が使われないっていうのはうそってことか?それとも能力一つで数千人分の火力が出るとか?僕の能力だと規模がよくわからないから何とも言えないが、魔法がそこまで劣っているとも、能力がそこまで強いとも思えないけどなぁ。まあ単純に資源が豊富にあって考える必要がないのかもしれないが⋯⋯。この世界の文化は地球よりも劣ってるようだしまだ資源の有限さに気づいていないのかもしれないな。現状は情報不足か。僕はそこで思考をやめた。
ここは酒場で今は飲み会。楽しまないとな。そう思ってほかの人たちを見てみる。クラエスは酒を傾けて浴びるように飲んでいる。ほんとにあんな飲み方する人いるんだ。モニカはまあ普通に飲んでいる。特にいうことなし。ユキは慣れていないのかちびちびと飲んでいる。もちろん無言で。あまり酔っているようには見えないが、若干顔が赤い。あっ、モニカがユキのもとへ行った。
「あんたも飲みなよ~。そんなちびちびと飲まずにさ~」
「いい」
モニカは酔うと絡みに行くタイプらしい。ユキは変わらないタイプかな?
まあそんな感じで、時間は過ぎていき、飲み会は終わりを告げた。