第89話 文化祭の準備04
「もし陛下」
風呂に入り終えて茶を飲んでいる頃。
アートからラインが来た。
「お晩でございます」
「かしこまらなくてもいいよ?」
「ではその様に。陛下」
かしこまりは解けなかったけど。
「デートの件は宜しかったでしょうか?」
「ケチを付ける人もいないんじゃない?」
「宰相閣下も?」
「心は読めないから本質的には保証できないけどね」
「で、ありますな」
かっこ笑いと付けられた。
いやまぁコメントでSNSなら普通に日本語を流暢に話す……入力するので助かる。
多分意識の差だろう。
悪いわけじゃないけども。
「準備の方は?」
「順調」
「お手伝いできることがあれば遠慮無く言ってくださいね」
「多謝」
そんなコメント。
「メイド服になれば陛下の気を引けるでしょうか?」
「さてね」
まぁ実際に可愛いだろうけど。
「アートは美少女だからね」
「ズルいです」
――何が?
ちょっと不審。
けれども根拠もなく否定はしないだろう。
その辺の塩梅が分からないでいると、
「僕に美少女は過分な評価でありますれば」
アートが拗ねたようなスタンプ付きでコメントしてきた。
「そうは言っても事実でしょ」
「ですか?」
「僕の価値観によればね」
「抱いてくださりますか?」
「何故そっちへ行く」
心底からツッコんだ。
疲労の吐息。
基本的に僕はその辺りに強みがない。
童貞だしね!
「休憩はとれそう?」
「ですね」
なら良し。
何が良いのかは別として。
でもルリやラピスには及ばなくとも……というかコレばっかりは比較対象がかっ飛んでるだけで、アートは十二分に愛らしい少女だ。
その辺は社交界でも色々言われているはずだけど。
その甘言が気に入らないから、ラピスに入れ込んでいるのも事実か。
「陛下は……僕を快く思ってらっしゃるでしょうか?」
「友達でしょ?」
「少し……」
?
「不満です」
「何故に?」
「美少女と思ってくださるのでしょう?」
「実際に人気あるでしょ」
色々と告白されたりラインのIDを共有されたり。
意味不明、意図不明、意思不明の三拍子。
よくメッセがアートに届く。
別段構わない案件だけど、つまりそれだけの価値をアートが有していると言うこと。
客観証左だ。
「ですけど~」
えーと、
「僕に好きになって欲しいの?」
「はいです」
「フラグを立てた覚えもないんだけど」
「無自覚ですか」
「案外鈍感だって覚ってるからね」
おかげで四谷を泣かせた。
仮に気付いていても「じゃあどうするか?」との仮想も無意味だけど。
僕の『僕』はルリに捧げている。
それは他の誰にも出来ないこと。
そも譲る気も無い。
基本的にルリの心を守れるなら、僕は悪魔にも魂を売れる。
今のところ僕の元気がルリを安心させるので、健康に気をつかってるんだけど。
「陛下は魅力的にございますよ」
「一部にはそう思われてるらしいね」
光栄だ。
肩に重いけど。
「乙女殺し」
その乙女をぶち殺す。
普通に刑事事件です。
「陛下にとって僕はなんですか?」
「アート=シルバーマン」
既読。
しばし間が在った。
身も蓋もない答えなので致し方ない。
けどまぁ御機嫌を取るところでもないし。
「その身も蓋も無さはどこから来るのでしょう?」
「口から先に生まれてきたので」
「ジーザス」
気持ちは分かる。
逆の立場なら僕も不満だ。
それを『分かってやってる』から僕は救い難いのだけど。
何時も僕はからかうを尊しとする。
一種の処世術。
――血かな?
母さんにとっての父さんがそうであったように。
偉大な二人の忘れ形見。
即ち『僕』を賭して道化である。
そんな方程式。
「アートは財閥令嬢なのにサービス業に身をやつして良いの?」
「文化祭は楽しみです」
ソレは良く分かる。
僕もそうだ。
だからその通りに僕も返した。
「文化祭が楽しみだね」
「ここで話をずらしますか」
だって続けても不毛だし。
アートの美少女性は認めても、ルリズムの根幹は変わることなく。
ただそれだけで魂を賭けられるのは、僕の大きな強みでもある。
キリエ・エレイソン。




