第78話 ライフイズビューティフル05
母さんは寝たきりになった。
リハビリの体力もなくなっていた。
病弱になっていく様を僕はまざまざと見せつけられる。
何も出来ない自分が歯痒い。
無力感はまざまざと僕を打ちのめした。
「軽木」
「いるよ」
「軽木」
「いる」
それだけの事が奇蹟のようだ。
母さんはチラリと父さんを見た。
「……………………」
「……………………」
何を感じたのか。
視線でのやり取り。
父さんは退室する。
母さんは、口を開くや意味不明。
「ごめんね」
「何が?」
本気で僕にはわからなかった。
まぁこの年で理解しろ……も、無理な相談だけど。
「お母さんは……いいお母さんじゃなかったね」
「そんなことない!」
認められない。
そんな自嘲は。
自嘲という言葉は知らずとも、その本質は理解する。
きっと世界は残酷で、それ故に母さんは不条理に会っていて、罵ることは簡単だけど、どうしても僕にはソレが出来ない。
「きっと新しいお母さんが出来るから」
「要らない!」
母さんは唯一無二であるべきだ。
「そんな悲しいこと言わないで」
「悲しいの?」
「悲しいわ。そして寂しい」
「だって……」
「お母さんはもうすぐ死ぬけど、でもそれで軽木が終わるわけじゃ無いのよ?」
「それは……」
そうだけど。
でも……だからこそ……母さんは代替の効くモノであって欲しくはなかった。
幼いながらの意地とも言えたろう。
結局そこで完結する。
「だから幸せを見つけてね」
「…………幸せ」
母さんのいない未来で?
「きっと軽木にも大事な家族が出来る。最初は受け入れられないかも知れないけど……でもそれは寂しい見栄でしか無い」
見栄……。
「お父さんがそうであるように」
母さんは言葉を紡ぐ。
「軽木も家族を大切にして欲しい」
「…………」
たしかに難しい要求だった。
「魂を賭けて」
「魂?」
「自分って言うこと」
「僕?」
「そう」
頷く母さん。
「軽木の言う『僕』。それを賭けて大切な家族を守り抜いて」
「父さんを?」
「それから新しく出来る家族を」
「母さんはソレで良いの?」
「人類は皆寂しがりだから」
穏やかに笑う。
病気で痩せながら、けれども慈愛に満ちた声と表情。
その全てが……未来に向けられていた。
きっと僕を想って、父さんを想って、そう言ったのだろう。
ソレが分からないほど鈍感では無かったけど、然れども頷くには億劫で。
「きっとお母さんを失って寂しがっているお父さんを助ける人が現われる」
「助ける……人……」
「裏切りじゃないのよ。別の誰かを好きになることは」
「そうなの?」
「うん」
コックリ。
「だからお父さんは格好良いのよ」
それは確かに。
そうだった。
この僕には分からないとしても。
きっと未来で分かるはず。
「大切な人が出来たら『僕』を賭けて守り通してね。それが軽木を幸せにするから」
「うん。わかった」
何でもない祈りと誓い。
その舌下の熱量たるや凄まじいほど。
この僕はまだ悟れないけど。
「それからお父さんと話させて」
「うん」
そして病室から廊下に出て、待機していたお父さんに交代する。
会話自体は詳細に聞こえなかったけど、
「――――――――」
何やら父さんの元気な声だけは雑音に紛れて少し聞こえた。
元気なのか。
そう見えるように振る舞っているのか。
答えはすぐに出た。
しばらくして病室の扉が開き、父さんが現われる。
泣いていた。
ボロボロと。
息絶え絶えに引きつけを起こして。
「畜生……」
何を呪っているのか?
何に悔いているのか?
まだわからない僕だけど。
父さんの元気な振る舞いが仮面だったことは……何となく察した。
今生の別れの言葉でも聞いたのか。
あるいは無力な母さんの吐露を聞いたのか。
不条理。
言葉にすればソレだけで、けれどもソレだけでは済まない状況。
もうすぐ母さんは死ぬ。
そのことに何の負い目も持たないなら……きっとそっちの方が嘘だ。
無論、そこまで突っ込む僕じゃなかった。




