第74話 ライフイズビューティフル01
盆には死者も故郷に帰る。
日本の風習だ。
元より黄泉は黄泉比良坂によって日本と繋がっている。
千引之岩で今は塞がれているけど。
ワープも異世界も無い時代なので、死者の国が地続きになったのだろうし……その辺は実は日本だけじゃ無いけどね。
「さて、行きますか」
僕はスーツを着ていた。
喪服だ。
「どちらへ?」
とはラピス。
玄関口でのこと。
ルリは引き籠り。
「墓参り」
「お母様の?」
「そ」
「行ってらっしゃいませ」
穏やかにラピスは笑った。
鮮やかな笑顔だった。
その他の憂慮が何も無いような。
「ん」
少し感傷に浸る。
けれどソレを払拭する。
そして外に出た。
喪服のスーツなので日光は熱いとはいえ他の衣装は選べないし……元より黒は太陽の昇らない北を指す。
そこら辺のマイナス具合は欧州もアジアも変わらないのだろう。
日本人に無理にスーツを着せることも無かろうに。
適当に花を見繕って墓地へ。
僕の家は仏教だ。
別に乗り換えても良いけども面倒でもある。
そんな感じで墓参り。
司馬家。
そう掘られた墓の前。
蝉が鳴く。
夏の風がサラリと撫でる。
「さて」
バケツと柄杓を借りてきて、墓に水を掛ける。
それから花を差して、線香に火を点ける。
「……………………」
お祈り。
蝉の声がまるで「感傷させてやるまいか」と鳴きはらす。
穏やかな松の木は大きく樹齢幾星霜を考えさせられるほどであり、植物の寿命の大らかさは多分生物でも随一だ。
にしても夏だ。
それもお盆のうだるような熱気。
それが……少しだけ嬉しい。
「なあ。かか様」
墓に何を言っても無駄なのは分かっている。
けれど寂しいのだ。
大切な人を失うのは寂しいのだ。
きっと誰もが大切な誰かを持っていて。
だから何かを残したがる。
死者のためじゃ無く。
自分のために。
「虎は死んで皮を残す。人は死んで名を残す……か」
陳腐な表現だけど、気持ちは分かる。
結局のところ人類という種は寂しがり屋なのだから。
「かか様。僕も一度死んだらしいですよ」
ラピス曰く、だけど。
「何で死んだんだろうね? ラピスを……ルリを置いておきながら。そんなことはまず最初に憂慮すべきだと思うんだけど……」
時間を遡行してのやり直し。
――何がそうさせるのか。
執念か。怨念か。運命か。因業か。
「別の未来ではかか様と語り合う死者の僕もいたのかな?」
問われて墓石は返さず。
「かか様はどう思います? いえ、言葉が通じないのは分かっていますけど……でもどこか生者は死者に期待しますね」
お墓に母は居ない。
骨があるだけ。
万物流転し地に帰る。
生きている者の滅びは必定。
もちろん例外はある。
生命にとって死ぬことは絶対じゃない。
あくまで付属物。
別に不老不死に相成ろうとも思っていないので、それはいいんだけど……。
「では……」
では。
「何故に人は生きる?」
死ぬのが恐くて。
死んだら無意味で。
生きることすら苦の中で。
生老病死。
いわゆる「四苦」だ。
何故に有限の時間の中をかきむしるように生きるのだろう?
時限性を持つ生命。
百年に満たない時間。
後世に残せるのはわずかな知識で、なのに人類は此処まで来た。
「見てますか、かか様」
生きることが喜びなら、死ぬるも祝うべき事。
何かの詩で言っていた。
「父さんの不義理を正していますか? 実父と義母もそちらにいますか?」
いたらいい。
そう願う。
他に出来る事なんてないんだから。
「それではまた次の盆に」
そして僕は墓の前を去る。
「現身の人なる吾れや明日よりは二上山を弟背と吾が見む……か」
さりとて人の想い処や。
住職さんに声をかけて挨拶。
冷えた茶を貰いしばし閑談。
親を失った子どもの墓参り。
色々と察してくれた。
世界覇王も何時かは死ぬ。
であればお坊さんにとっての命は、偏に風の前の塵に同じ。
葬儀屋は失業知らずとはよく言った物。
「かか様……か」
お母さん。
その約束を僕はまだ憶えている。
それが何に起因するのか。
分かっているようで、あまり分かっていないのかもしれない。
けれど確かに母の言葉は芯を貫き、一本の柱として僕を支えている。
「……………………」
寺を出て、チラリと視線を墓に振った。
「大丈夫ですよ。僕は」
――誰に対しての言葉なのか。
それさえ分からずに。




