第33話 私の愛妹は凶暴です02
「警察です」
知ってます。
制服を着て、手帳を示されなくともラピスが何をやらかしたのかは把握しております。
「騒乱罪で逮捕しますが弁護士に連絡なさいますか?」
そんな便利な弁護士の知己が居るわけないでしょう。
「あの~」
挙手したのはラピス。
おずおずとした口調だったけど、
「なんで世界覇王陛下の御前で偉そうなんですか?」
言っている内容は破滅的だった。
「あなたが司馬ラピスさんで?」
「テレビで名乗ったでしょ?」
その通りだけど、改めたくなる気持ちも分かる。
こんな可憐な少女(僕の論評に於いて)が世界覇王の傍で、その主張をするのは現実で目視しても信じ難いはずだ。
「場合によっては国際公法の元で裁かれる可能性もありますが……」
「却下」
「何処まで本気でしょう?」
「一から十まで」
「「「「「……………………」」」」」
警察の皆さん沈黙。
僕は慣れた物だけど、まぁおおよそ一線で結べるラピスの言動に不可解を覚えるのは仕方ないだろう。
「木っ端役人が世界覇王陛下を逮捕なんて不敬罪ですよ」
「「「「「……………………」」」」」
さらなる沈黙。
が、警察の皆さんの武威が膨れあがった。
女子高生に舐めた態度を取られたからか……あるいは電子テロの反省点が無いからか……どちらにせよラピスの純真無垢はこの場では挑発以上ではない……無明。
「とりあえず」
コホンと咳払い。
最初に手帳を提示した刑事さんが言います。
「連行させて貰います」
「わからない人達ですね。世界制覇王国の政治はあらゆる属国の法律より優先されます。ぶっちゃけたことを言えば兄さんが虐殺を命じれば私はあなた方を殺しますよ?」
無論そんなつもりはないのだけど。
「では」
もはや会話による交渉も無駄と悟ったのだろう。
手錠を持ってこっちに近づいてくる刑事さん。
「カツ丼は自腹って聞いたけど……」
ぼんやり捕まった後のことを考えたりして。
「やれやれ」
心底うんざり。
理解を諦めたのはラピスも同じでした。
片手を肩の高さまで上げて、パチンとフィンガースナップ。
「――何か?」
と思うでもない。
反応は一瞬にして鮮烈。
光が降った。
レーザーか、ビームか、波動砲か。
熱が雨となって降り注ぎ、瞬く間に校長室の天井に穴を開けて床に突き刺さり、地中深くまで抉り出して尚深淵を創る偉業。
「……………………」
これは僕の沈黙。
「「「「「……………………」」」」」
これは警察の皆さんの沈黙。
「威力は理解して貰えまして?」
軽やかなソプラノは快活にして明朗。
朗らかさの中に慈愛すら含まれている。
まるで、「物の分からない子どもを諭す」様な口調。
灼熱兵器によってズタズタにされた元校長室で一人ラピスだけが輝いていた。
赤眼の魔王……司馬ラピスの瞳に乗るのは狂気にも似た冷静さと静謐さ。
その降った光の威力の程とはあまりに熱量の違う寒冷が、この場では背筋を魂胆から薄ら寒くするのだった。
「殺しはしませんよ。属国とはいえ日本の国民皆様方も迂遠ながら世界制覇王国の国民ですからね。一応殺人を犯さずに済むなら、それ以上はありませんし」
過剰熱量の前には警察も言葉が紡げない。
「ただ以降兄さんを軽んじる態度には制裁を加えます。殺しはしませんが腕の一本は覚悟して不遜を執り行ってください」
そこに居るのは既に妹では無かった。
いや、確かに妹なんだけど、どちらかと云えば魔王が近い。
――僕が覇王というのなら、ラピスは宰相なのだろうか?
「いったい……何を……」
漸く言語能力を取り戻した警察の一言。
「システムメギドフレイム」
ラピスの言は端にして要を得ていた。
メギドの火。
不信心堕落都市……ソドムとゴモラを滅ぼした神罰の熱塊。
それを再現したと言ったのだ。
「SDI……まさか……」
SDI。
別名スターウォーズ計画。
冷戦時代に衛星攻撃によって核弾道ミサイルを撃ち落とす戦略防衛構想。
必要技術が高すぎて先送りにされた計画だけど、天から熱エネルギーが降れば……まぁその想像は難しくない。
――信じる信じないの問題ですら無いのは……この際なんだかな?
「違いますけどね……」
別に力を込めていったわけでも無いラピスの言葉だったけど、次の行動はさらなる混沌の下拵えだった。
「BANG」
指鉄砲で警察を指すと、その指先からビームが飛び出し、途中で消える。
「何処に行ったか?」
そう思う僕ら。
その校長室のスペースをまるで蜘蛛が糸を張るように直線的なビームが張り巡らされた。
「SDIと違って対地爆撃だけじゃ無く個人特定から絨毯爆撃……ピンポイント狙撃に核シェルター内部へのエネルギー送信まで可能にしますので」
「えーと」
僕が聞く。
「つまりラピスの熱兵器を防ぐ術は無いと?」
「そういうことですね。某ロボットゲームのワームスマッシャーを現実的な戦略兵器まで押し上げた様なモノでしょうか?」
もう何も言えなかった。




