第20話 家族になろうよ01
「うわあああっ!」
つんざく悲鳴。
――何事か?
眼を覚ますと、ラピスの顔が間近にあった。
ソプラノの大声。
黒と赤の視線が、交差する。
「兄さん!」
抱きしめられた。
「あ、あ、あ……」
涙をボロボロと流している。
「恐い夢でも見たの?」
「はい」
グシュグシュと、僕の胸元で泣きじゃくる暫定義妹の身体は、昼間の明るさが嘘のように……震える細い肩が愛おしくなるほど、華奢と呼べた。
少女らしい……「女の子なんだ」と思わせる小ささ。
「ところで何で同衾してるの?」
「妹……ですから……」
答えになっていないけど、言いたいことはわからんじゃない。
僕だってルリがドン引きさえしなければ、一緒の布団で抱きしめ合って熟睡し、そして朝早く目を覚まして色々と悪戯したい。
「男女七歳にして」
「愛し合う」
そうくるかー。
「良かった……兄さん……」
抱きしめる弱々しい腕はまだ震えていた。
「どんな夢?」
「兄さんが……死ぬ夢……」
「物騒だね」
「あうぅ」
ぐずぐず。
「ほら泣き止んで」
「抱きしめてください」
色々とマズいんだけど、ラピスの目を見るとどうにもこうにも。
弱いなぁ。
「よしよし」
ギュッと抱き寄せて、頭を撫でる。
この場の可愛さでは、ルリに匹敵するかも知れない。
「こういうところはルリと一緒なんだけど」
「はい。同一人物ですから」
だねー。
チラリと、ベッドの棚の、時計を見やる。
早朝だった。
「何時も夢見が悪いの?」
「ランダムですけど……発作のような物で……」
「難儀だね」
「だから……兄さんと一緒に寝れば……」
――その論法はどうだろう?
たしかに僕が死ぬ夢を見て目が覚めるなら、僕が傍に居ることが一番の特効薬ではあろうけど。
「いいんだけどさ」
「ごめんなさい」
「構わないよ」
思うところはあれども、ルリの未来形は保護対象。
「兄さんは優しいですね」
「基本的に敵を作らないスタンスです故」
「ルリのためになら頑張れる?」
「ルリのためにならね」
「私も頑張る」
「応援しましょ」
「うぅ」
「まだ辛い?」
頭を撫で撫で。
「胃液が逆流しそうです」
「吐くなら吐いていいよ? 大丈夫?」
「この位置だと、兄さんの御尊顔にぶちまけることになるんですけど……」
「いいんじゃない? 無理に押さえつける方が不健康だよ?」
「う」
口元を抑えるラピスでした。
「汚れたら洗えば良い。顔も布団も枕もね。別に嘔吐したからって、僕がラピスを嫌いになるわけじゃないよ」
「……………………っ!」
ギュッと抱きしめられる。
「兄さん。兄さん。兄さん」
まじないかな?
「大好き」
「有り難く受け取りましょ。さて、胃薬でも用意するよ。それで大分マシになるはず」
「すみません」
「あまり深刻に捉えられてもね」
「私は……迷惑ですか……?」
「在る意味で」
「あう……」
「おかげで学院に通えるようになったから、恩義を感じるのは僕の方だけど」
「それくらいしか出来ませんから」
「十二分だと思うけどな」
少なくとも現時点の僕は、ラピスのヒモだ。
一兆円の破壊力もさることながら、乙女の完成形は心を揺るがすに不足無し。
「ドキドキせざるをえない」
と云った具合。
何してるんだろね?
常温のお茶と胃薬を用意して、ラピスに渡す。
時間的に少し早いけど、朝食の準備と洗濯の敢行を並列させる。
「焼き鮭と目玉焼きとレタスサラダと……」
献立を考えつつ、白米を真空保存している炊飯器を呼び起こす。
ポチッとな。
「うう」
ダイニングテーブルで、胃薬を飲んでいるラピスが唸った。
苦いらしい。
良薬の証拠だ。
本来の使い方は別だけど。
この場合は慣用句の使い方が、だね。




