表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/122

第110話 孤独の戦士01


「ふぅ」


 葬式が終わった。


 葬儀屋さんと挨拶を終えて、解放される。


 息苦しい黒のネクタイを緩める。


 少しの開放感。


 結局ネクタイって誰が考えたんだろうね。


 別に防寒性があるわけでも無し。


 お洒落……というには少し地味だ。


 いや、ここで抗議することでもなかろうけども。


 そんなことは……まぁともあれ、







『――両親が死んだ』




 端的に言ってそれだけ。


 昨今は葬儀保険などがあるらしく、葬式への金銭負担に関しては、かなり助かった。


「南無三」


 春の日のこと。


 新年度早々に両親が消えた。


「散る花はまた来ん春も咲きぬべし。別れはいつか巡りあふべき」


 まこと真理。


 親戚関連は全滅。


 元々父と義母の結婚は非難囂々だった。


「その上で」


 ということで血的には孤立している。


 別段期待もしないモノだけど。


「そんでこれからのこと……か」


 春の陽気は昼間だけ。


 日が沈むと冬の寒さが顔を出す。


「問題として……」


 ――どこまで保険でやっていけるのか?


 そこだろう。


 両親の遺した遺産。


 少しは蓄えがあるけど、人生を完走するには流石に足りない。


「いいんだけどさ」


 歩いて帰る。


 途中で喫茶店に寄った。


 四谷や久遠と、たまに寄る店だ。


「オリジナルブレンド」


 そう頼む。


 その間にスマホを弄る。


 葬儀の間は電源を切っていた。


 ラインでコメント。


「だいじょぶ?」


「か?」


 四谷と久遠から。


 グループメッセ。


 有り難い友情だ。


 本当に心配してくれるらしい。


 その心砕きに感謝せざるを得ない。


 きっとソレだけで、僕は勇気を貰える。


 だから返事はこんな感じ。


「超余裕」


 へこたれない僕ですな。


 コーヒーが届いたので味わいを楽しむ。


「何か……お悔やみ申すべきでしょうか?」


 カウンターテーブルに座っているため、マスターが喪服姿の僕を訝しんでいた。


「知人がお亡くなりに」


「ご愁傷様にございます」


「ありがとうございます」


 苦い笑い。


 コーヒーと同程度の。


 さすがに両親が死んだとは言いづらい。


「何時もながら美味しいコーヒーです」


「これは恐縮の至り」


「少し元気が出ました」


「畏れ多いことです」


 本当に美味しいんだけど。


 一口飲む。


 香りが口内に広がって、舌が苦味を訴える。


「よくご利用頂いてますよね?」


「ええ。帰路の途中ですので」


「黄時学院の制服……」


「よくご存知で」


「華がありますので」


「こちらこそ恐縮の限りです」


 そんな目立つ人間でも無いのだけど。


 ――ま、良いか。


 褒められて損することもない。


 結局のところ、誰が死のうと世界は回り、誰が生きようと世界は回るわけで……こうやってのコーヒーが飲めなくなる程度には、哀しいのだろう。


「知人を亡くされれば悲しくもありましょうぞ」


「ですね」


 コーヒーを飲む。


「それでもコーヒーを楽しめるのが生者の証といいますか」


 さっきソレを僕も思った。


「繰り返しになりますが気分的に元気を貰っていますよ。マスターのコーヒーは美味しいですし。慰みになります」


「ありがたい。もう一杯如何です? サービスしておきますよ?」


「では遠慮無く」


 もう一度オリジナルブレンドを頼む。


 ――さて、これからどうするか?


 とりあえずルリを護る必要がある。


 後は……どうでもいいか。


 ルリさえいれば他に要らない。


 まこと『僕』を賭けるにたる愛妹だ。


 本当にイカれてしまっている。


 けれど、たしかに思うのは、その純情な瞳を悲しみで彩って欲しくないこと。


 今は無理だ。


 両親が死んだ直後だから。


 でもきっと、いつかは笑えるように。


「お兄ちゃんが頑張らないと、か」


 そういうことになる。


「ふ」


 コーヒーの暖かみが嬉しかった。


「店長も普遍として葬式くらいは出ていますよね?」


「大人に成ればそれなりに」


 苦笑された。


「泣きましたか?」


「嘆かわしいことに泣けませんでした」


 僕と同じか。


 心が摩耗しているのは、果たして喜ぶべき事か。


 純粋に泣ける方が、きっと尊い気もするけど、なんにせよルリであれば泣いているだろう。


「お客様は?」


「無念ながら」


 事実だ。


 きっと全ては相対的で。


 もしかしたらルリが死ねば僕は泣くかもしれない。


 両親とは……ある意味でちょっと違う感情を持っている。


 別にソレは褒められたことじゃないけど、けれども確かに世界はソレを愛と呼ぶ。


「感情の移入も難しいですよね」


「まこと以て」


 コーヒーを一口。


「お客さんは悲しいですか?」


「責任の帰結に於いては……まぁ」


「何かしら支えになるモノが在ると良いのですけど……」


 穏やかな空気と音楽に身を委ね、コーヒーを味わいながら脱力する。


 それだけでも生きている証だ。


 四苦の一角でもあるけども。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ