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偽り言葉日記  作者: 瀬那鶫
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 恋がしたいと思った。


 昨年、この世に生まれて20年というちょっとした節目の年を迎えたわけだけれど、いまだに「あぁ、私たち付き合ってたんだな」というのがない。

 はたから見ていると「お前ら付き合ってんじゃん」という関係は、小学生の頃からあって、確かによく一緒に話していたし、登下校も一緒にしていたし、借りる本の趣味が同じで図書委員の子がクラス中にそのことを大声で言って、そんなこといちいち確認してるその子の方が気持ち悪いと他のクラスメイトに言われたということもあった。

 でも私は、武道をしていたこともあって、同年代のいかにも女の子になろうとしている女子たちと付き合うのは苦手だったから、気が合う男の子と過ごす時間が自然と伸びていただけで、彼らは決して恋愛対象ではなくて、仲のいい友達だった。

 向こうもそう思っているものだと思っていたけれど、実際はどうだったんだろう。


 因みに私の初恋は幼稚園の時だった。

 とても頭のいい男の子がいて、尊敬していたし、私もあんなふうになりたいという憧れと、あとはどういったらいいのかわからないけれど、究極まで美化されたイメージが私の中で膨れ上がって、その子の横に立ったら、リンゴとかトマトが青ざめるくらい顔を真っ赤にしていたものだった。

 「頭がいい以外はどこが良かったの?」と今聞かれると、「優しかった」「顔が良かった」とかいうありふれた回答すらできないくらい「賢かった」という記憶しかないのだけれど、あの頃に抱いた「この人が好きだ」という感情をその後、約15年間一度も感じたことがない。


 中学の頃、「付き合わない?」といわれて、どうしてかわからないけれど、それが男と女として、彼氏と彼女として"付き合う"という意味だと受け取れなかった私は、「うん」とだけ返事をして、お互いにその意味を誤解したまま付き合っていた人がいる。

 その人も理系で、とても頭のいい人だった。

 私はとにかく、頭のいい人が好きらしい。

 私のいう頭のいい人のモデルはおそらく父で、必死に勉強しているわけではないけれど勉強ができて、常識が分かっているのにそこから外れたように聞こえる正論が言える人で、その知識を生かして私を笑わせてくれるセンスがある人。それが私の思う頭のいい人。賢い人。

 中学生になると集団登校とか集団下校とかいうものはなくなって、その人に出会うまでは毎日一人で登下校していたわけだけれど、たまたまクラスが一緒になって、その人の友達が私の友達だったから話してみたら面白い人だなと思ったのが最初。

 その人は2年生から部活に入ったのだけれど、練習場所がたまたま私の所属していた部活動と同じ場所で、自然と練習が終わってから一緒に帰るようになった。

 帰り道にずっと黙りこくっているわけにもいかないから、話し始めると意外と趣味が合って、毎日その人と話すのがとても楽しかったから、部活の練習が嫌でも最後まで頑張れたのかな、と今は思う。

 そんな彼に「付き合わない?」といわれて、「うん」と返事をしてからは、帰り道で手をつないだ日もあったし、近くの公園で横に並んでブランコを揺らしたり、ジャングルジムに上ったり、ベンチに寝転んだり、一緒に過ごす時間は少しずつ伸びていった。

 彼が私の家の場所を知ってからは、朝も迎えに来てくれるようになって、一緒に登校するのが習慣になった。でも、私も彼も携帯を持っていなかったから、連絡を取ることができなくて、体調不良とか、そういった時、彼を待たせてしまって遅刻させそうになったこともある。

 そう、あとから聞いたら母は気が付いていたようだったけれど、自分たちの関係をお互いに親に話すということはしていなかったのだ。だから、バレてないって信じていた。

 知っている人は知っている私たちの関係は、少しずつ多くの人が知るものに変わっていった。

 私はもともと色気のある人間でもなければ、女の子からは程遠い生き物だったので、"仲のいい男友達"ができたところで特に変化はなかったと思う。

 でも彼の方は、そんな私が見てもわかるくらい、なんというか、綺麗になった。

 学校の成績も、部活動の成績もメキメキと上がっていったし、私以外の女子を以前よりも避けるようになり、それでいて表面的には優しく接するようになった。

 そして、決定的に変わったなと思ったのは、私たちの関係を隠そうとしなくなったこと。

 学校でも手を繋ごうとして来たり、休み時間にクラスの違う私の席まで来て机に腰掛けたり、馬鹿が見ても私たちが付き合っているようにしか見えない行動をとり始めた。

 あぁ、馬鹿は私だったのかと漸く気が付いたのがその頃。

 はじめ、私は、「別段構わない。何が変わるわけでもない」と思っていたけれど、周りが私を見る目が変わったなということを感じ始めて、担任すらそういった視線をこちらに向けてくるようになったなと思った時、喜びでも、悲しみでもなくて、恐怖が芽生えてしまった。

 まもなく、私は彼を拒絶するようになった。

 彼が視界に入ってくることを避けるようになったし、女子用の部室に篭もって帰る時間をずらすようになった。朝、家を出る時間も変わった。苦手な早起きをするようになった。

 偶然を装って待ち伏せする彼を避けるように、親には使うなといわれていた裏道から登下校するようになり、めんどくさい輩に絡まれたり、襲われそうになったりということもあったけれど、「彼に会わずに済んでよかった」という安心感の方がそれに勝っていた。

 このまま自然消滅、と世に言われるよくわからない別れ方をするのかな、と思っていた矢先、私たちの関係に終止符が打たれた。

 彼の両親が離婚した。

 彼は、母親に連れられて、彼女の実家がある広島に行くのだと、担任から聞いた。

 最後に、何か言わなければ、と思ったけれど、結局何も言えなくて、私たちの関係ははっきりしないまま、彼はもう私の手の届かないところへ行ってしまった。

 手が届かないというのが、連絡先を知らない、物理的な距離が開きすぎている、というだけの意味ではなくなったということを知ったのは、1ヶ月後だった。

 私にとっては、特に、長くも短くもない、普通の1ヶ月だった。

 でも、彼という人間に一つのことを決心させるには、十分な長さだったらしい。

 彼が死んだ。

 この話は、彼と仲の良かった友人から聞いた。

 別に彼と仲の良かったその人とは、これといった関係はなくて、"彼の友達"ということ以外、私はその人について知っていることはなかったが、その人の方は違ったらしい。

 彼は、友人が多い方の人間ではなかったから、その中でも私に紹介してくれるくらい仲の良かった彼には、私との間のことも、彼の家庭環境についてもよく話していたのだろう。

 今思えば、私は彼のことを何も知らない。

 誕生日も言えない。家族構成も知らない。悩みもわからない。私以外の交友関係も、見えている以上のことは知ろうとしなかった。

 その人の話は、とても淡々としていて、感情を剥き出しにするような場面は一つもなかったから、言葉のひとつひとつが、細い針で急所を突くようにすっと入り込んできた。

 「僕が、あいつを殺した」とその人は最後に言った。

 彼の本当の死因を私に伝えた後だ。

 私も立派な殺人犯になってしまったのだと、どこか他人事のように心の中でつぶやいたのが、中学3年の終わりだった。


 それからは、男女関係なく以前より他人との間に溝を感じるようになったし、積極的にそれを設けるようになった。

 罪の意識から他人を遠ざけようとしているのか、疎遠になる前に彼とした約束を果たしていないことを忘れないためにそうしているのか、最近ではわからなくなってしまったけれど、要は他人とかかわるのが怖い。

 傷つけられるのも怖いし、傷つけてしまうのも怖い。

 同じ言葉を話しているはずなのに、わかりあえない。

 同じ言葉を使っているはずなのに、考え方の道筋が全く違う。

 それを目の当たりにしたとき、人間って淋しいな、と思う。


 こうして書き終えてみると、「あぁ、なんだ、付き合ってたのか、私」と思わないこともないけれど、彼との約束を破ってしまったことを考えると、やはり、"付き合って"はいたけれど、愛してはいなかったんだな、と思う。

 彼とは、「一緒に死のう」という約束をしたのだ。

 先にそれを破ったのは彼だ、という考え方もできるけれど、私の方が先に彼を拒絶して裏切ったのだから、お互い様、といって彼が許してくれるだなんて思っていないけれど、自分のことを大切に思えなくなるような、自分と誰か二人きりの世界を作ってしまうような恋をしたいと、今は、改めて思う。

 いい恋の定義は人それぞれだけれど、成就してもしなくても、どこか深い傷跡が残るような、それでいてこれまでの傷を埋めてくれるような、そんな相手に出会いたい。

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