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偽り言葉日記  作者: 瀬那鶫
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 人の背中って小さなものだな、と思う。


 好きになったアーティストのLive映像を見ていると、たまにそのアーティスト背中側から客席が映ることがある。

 そういった映像を見ると、幼い頃は「こんなに沢山の人の前で何かするのなんて絶対嫌だ。恥ずかしくて無理」と思っていた。

 中学の私は、「こんなに沢山の人の前で、自分の為に集まってくれた人たちと時間を共有できるなんて楽しいだろうな」「自分もこんなことしてみたい」と憧れを抱いた。

 高校生になると「やりたくなくてもやらなきゃいけないなんて大変だな。一回やったらどれくらい儲かるんだろう。お金の問題とかじゃなくて純粋に楽しめてる人ってどれくらいいるのかな。可哀そう」と悲壮感が漂っているように感じた。

 そして、高校の終わりから大学生にかけては、「あんな小さな人、当たり前だけど、普通の大きさの人間一人を見るためにあれだけ多くの人が集まってるのに、それを一人で受け止めなきゃいけないなんて。しかもあれだけ多くの人と、ワ~って騒いだ後ホテルに帰ったら一人とかだったらどうしよう。私、絶対に耐えられない」と、絶対に自分がそんな状況に置かれるわけないってわかってるのに心配した。


 天才とか、神の子、時の人とか呼ばれてる人は確かにすごい人だと思うけれど、実はその他大勢と呼ばれてしまっているその周りにいる人達とそれほど違わなくて、ただ、周りの人と違うことしようとしないのにやってみたら違ってて、それに憧れる人がたくさんいたんだなと思う。

 それの程度は全然違うけれど、誰だって自分一人で戦わなきゃいけないところがあるし、それを周りで見てる人が優しい人たちばかりじゃないことや、人数が多すぎたり少なすぎたりしてプレッシャーになるのは、きっとみんな同じだから、誰かと比較して劣ってるなんて思わないで、今いる場所で頑張って、行きたいところがあるなら、そこへ行けるようにさらに頑張ればいいと思う。

 私もそうしよう。

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