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偽り言葉日記  作者: 瀬那鶫
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 腹が立ってどうしようもないというわけでもなく、誰かひとりの人間を恨んで心が晴れるということでもない。


 少し前までの私は、私のまわりにあるもの、私の周りで起こる様々な出来事、どんな小さなことでも思い通りにできなければ腹を立て、自分ならもっとうまくできたと感じれば相手を見下し、そうすることでどこか満足し、快感を得ていた。

 何とも、見苦しい生き物だった。

 それが、もはやきっかけを思い出すことすらできないが、自分が酷く醜くて、愚かな生き物だと気が付き、自ら作った殻の中で静かに窒息していくのだった。

 誰かが、気が付いて、助けに来てくれるのではないかと、これを書いている刹那ですらも期待している。

 しかしながら、私の中の小さな心の声など、聞き届ける人はなく、日々の雑音にかき消されて私ですら忘れている。


 私は狂言病だ。

 ほら吹きだ。

 どこかの国の男爵の名前が付いた病気、それだろう。

 今日もひとつ嘘をついた。

 正確には、いくつも嘘をついたが、自覚をもって、目的を持ち、そうしようと決めていてついた嘘はそれひとつだ。


 私の先輩は、大変心の優しい人で、ほんの少し前まで、怒ったところなど見たことがなかった。

 その先輩ですら、最近不機嫌なのは、あまりにも多すぎる時間外勤務と、どれだけ働こうと変わらない給料、明らかに周辺部署より多い仕事量。

 加えて、容赦なく浴びせられる罵声と、度重なる理不尽な要求に、七歳しか歳の違わない大柄な上司の我儘。

 勘違いしないでほしい。

 私たちは、大学生だ。

 仕事といっても、正式に雇われて何かをしているわけではない。

 私たちの大学には寮があり、そこでは月五万ばかりの家賃をタダにするために、都合よく学校に使われることを選んだ学生たちがRAと呼ばれ、「月五万で無限に働く駒」としてこき使われている。

 私もその一人だ。

 それを始めて、もうすぐ一年が経つ。

 学んだことと言えば、人間は必ず裏切るということ。

 信用すればするほど、裏切られたときに受ける傷は深いということ。

 他人のことを慮ってとる行動ほど、無駄なことはないということ。

 相手は、私のことなど、足の小指の爪の先ほども気に留めてはいない。

 何かを一生懸命することに何の意味もないということ。

 もしこれを読んでいる人の中に、今まさに何かを一生懸命しているという人がいたら、本当に申し訳ないと思うが、今すぐにやめたほうがいいと思う。

 ほどほどの力でできない事に手を出すといい事なんて、何ひとつない。

 それで何かを達成できる可能性は、極めて低いし、仮に、何かを達成できたとして、つかの間の達成感とほんの短い間の他者からの賞賛と、いいことをしたという思い込み以外の何が、その後に残るというのか。

 無意味なことをしても仕方がない。

 私にとって、それに意味がないと思いえるのと同じように、そのことにとても意味があると感じる人もいるだろう。そういった人が、どうしてもといって何かをすることまで止めようという気はない。どうしてもやりたい、意味があると思えることをしていると心から思うなら別に、続ければよいと思う。


 さて、少し話がそれたが、今日私がついた嘘を告白しよう。

 私は、今日先輩に、「授業に行かなきゃと思って、急いでお風呂に入ろうとしたら、そのまま風呂場で眠ってしまった」伝えた。

 先輩は、とても心配した様子で「気を失ったってこと。それ意識飛んでるよね。絶対身体のどこかに何か良くないことが……」と、私の体調を大変気にしてくれた。

 でも、事実。

 私は気を失ってなどいない。

 風呂場で寝てしまったのは事実だ。

 しかしそれは、気が付かないうちに起こったことではく、自ら風呂場の床に倒れこみ、そのまま身体を起こす気力がなかった為に、小一時間ほど眠りこけてしまっただけのこと。

 先輩が心配しているような病気ではない。


 私の心に何の問題もないかと言ったら、それこそ嘘になるだろう。

 これほどたくさんの嘘をついている私だ。何が嘘なのか、もはや私自身知りようがないが、今日ばかりは、あの気のいい先輩を勘違いさせて、私のことを心配させたので、少し心が痛み、ここで告白することにした。

 だからといって、私はこれをやめるつもりはない。

 これというのは、こういった種類の嘘をつくことだ。


 事実、私は、とても疲れている。

 そして、今の時刻は朝の六時五分だが、とても疲れているにもかかわらず、全く眠れる気配はなく、寝ようと思った時間からは、既に五時間が経過し、起きなければならない時間までには、あと一時間半しかない。

 不眠というの良くない。

 悪い考えを育てるのにとても役立つし、良い事を感じ取る私の身体のどこかにある部位を曇らせ、生きるということをやめるのが、私の目の前にある最善の策であるという錯覚を植え付ける。

 いや、これは錯覚ではないのだろうか。

 思えば、死んだほうが楽になる、という考えは、私がまだ小学生だった頃から、頭の中に巣くっていて、成長するごとにその声を荒げていった。

 耳を塞ごうと懸命に努めた時期もあれば、声に従いその淵まで行ったこともある。

 これすらも嘘かどうか判断するのは、これを読んでいるあなたに任せるが、私もたまには心から思ったことを口にしたり、書き記したりすることもあるということはここで知っておいてもらおう。


 眠れないから書き始めたこの文章だが、私の中に僅かな眠気が生まれてきた。

 これを逃さないように、眠りにつこうと思う。

 まだ永遠ではない眠り。

 また近いうちにお目にかかろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作品ではなく日記なのかもしれないけど、すごく共感できる内容でした。 [一言] 初めまして。 こういったスタイルの作品として捉えればいいのか、本当に日記として捉えればいいのか、私の足りない想…
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