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二章「魔法学校」 4

4.

 アンナは家の裏口を開けた。森を出たときに身体を叩いてきたが、それでも服には土埃、檸檬色の髪はくしゃくしゃに乱れている。

 静かな居間を抜けて、二階の自室へ。シャワーも浴びずにふらふらとベッドへ倒れ込んだ。締め切ったカーテンから差す明かりから逃げるように寝返りを打ち、それから動かなくなった。

 身体のあちこちが悲鳴を上げるかのように、痛み出す。普段、家の手伝いしかしないものだから、それこそ朝まで起きて肉体を酷使したことなどなかった。

 森での訓練を思い出すだけで呼吸が荒くなる。結局、朝になるまで兎を追いかけていた。アンナはどちらかと言えば、シンを追いかけるだけで精いっぱいだったのだが。

「はあ……先生……」

 手近にあった枕に手を伸ばすと、引きつる。

ぐあっと呻くが意地でも抱き寄せた。

 シンのことを考え、枕を抱えこむ。

「私……がんばりますから……」

 幼少のころから願っていたことが実現した。 

 特別、構ってもらった覚えはないが、街にきて魔法を使っていた姿をずっと見ていた。土人形同士が戦い出しては子どもたちを賑やかし、骨の鳥はレンガを運んで家の塀を補強する。

 その魔法は人の役に立つものとして、アンナの目には映った。その使用者も人格者だと信じて疑わない。

 都に進学した友人にはよくどやされていたが、それでもあこがれ続けて十年ほど。形はどうあれ、傍にいられるようになる。

 傍にいて、どうしたいのか。瞼を震わせ、ゆったりと瞬きを繰り返して考える。

 暗い森の中にいるシンは、思い出の中とはまるで別人で、人に魔法を教えるどころか、交流すらも嫌っている様子だ。

 街で魔法を使う姿が見たい。朝霧に呑まれたかのような意識の中で、アンナはまた願う。

 リリィに祈りをささげてもらおうか、そんなことを考えているうちに、枕を握りしめていた手から力が抜ける。

 ほどなくして深い眠りについた。



 窓から差し込むオレンジ色の光に当てられ、目が覚める。ばっと起き上がって心配したのは学校のこと。

 今日が休日だと思い出すとベッドに伏した。まさか丸一日寝ていたわけではなく、そうだとしても夕刻なのだから致し方なし。諦めて、まだ痛む身体を労わる。

「……くさい」

 尻を突き出し顔をベッドに押し付けていたが、土臭さにたまらず一階まで駆け降りる。風呂場に飛び込み、全身を洗い流し、綺麗な衣服で身を装う、

 今夜もシンのところを訪れるつもりでいた。予定はなかったが、日ごろの礼も兼ねて何か食事でも持っていこうかと考えていたところ、店内の方から母に呼ばれる。

 はたはたと声に呼ばれれば、店の勘定場には母ともう一人、初老の男性がいた。

「ほらアンナ、ご挨拶」

「ど、どうも」

 母の言われるがまま頭を下げる。

 初老の男性は、いかにも都に住む貴族階級と言った風な姿だ。黄土色のスーツを着こなし、黒長いステッキを突いては帽子を取って会釈する。

 誰だったか、アンナが思い出そうとする前に、母がため息交じりに言う。

「街長さんすいませんねぇ。うちの子、遊んでばかりでいるもんだから」

「私も外に出てばかりですし。アンナちゃんと会ったのもまだ小さいころだったから、覚えていないのも無理ない」

「そうでしたっけ。あっはっはっはっ」

「はっはっはっ」

 遊んでばかりではなくちゃんと家の手伝いもしている、と言おうとしたがやめる。確かに街長の顔は忘れており、最近は森へばかり足を運び、家にいないことが多い。

 そそくさとその場を離れようとする。

「あぁアンナちゃん。彼はちゃんとやっているかね」

 街長に呼び止められ、返した踵を戻す。

 ぎょっとした。彼とは誰のことか、アンナの頭の中では一人しか該当しない。

 街長なら街から見える森の中に、忌を犯した魔法使いが住んでいることくらい知っていてもおかしくはない。数年前は交流もあったのだから尚更だ。

 だがアンナの弟子入りを知っているのは、エルフのルーギスと教員のスフィアだけだ。

「あ、あ~その……」

「アンナちゃんの学校に、スフィアという先生がいるだろう? 都から来た先生なんだが、知らないかな」

「スフィア、先生?」

「そうそう。昔馴染みの教え子ってことで来てもらったんだが、どうかな? 優秀だと聞いてはいるが、まぁそれはそれ。先生としてはどうなのかなと思ってね」

 胸の内でほっと息を吐く。シンのことではなかったようだ。

「先生の授業は分かりやすいですし、いろんな生徒に人気ですよ。さすがは都から来た先生って感じで。はい」

「それは何より。学長に推薦した私も鼻が高いというもんだ」

 ひげを撫で、満悦の様子。

 世間話へと戻る二人から、逃げるようにその場を離れた。

 夕食の準備に身支度にと忙しなく熟す。弟子入りしてから幾日か経って、手料理も慣れてきた。元からこまごまとした作業は得意でもある。

 作業の最中、抱き寄せられた時のごつごつとした感触を思い出し、身もだえる。真っ暗な森の中で二人きり。顔の熱が治まらない。違う違うと言い聞かせても、どうしようもなかった。

 最初こそ純粋に憧れていただけだったのだが、いつからか変わっていった。周りも男だ女だ惚れた腫れたなどと、はしゃぎ始めた年頃に、強く自覚する。

 今はとにかく傍にいられればいい。そう言いきかせ、どうすれば傍にいられるか、答えの出ている問いを繰り返し投げかけた。



 模擬戦闘による訓練は、意欲や技術の向上、魔法の危険性の把握を主としている。

 平和でおだやかな西の大陸も、数百年前は争いが絶えず、魔法による領土の奪い合いが続いていた。結果、多くの血が流れ、土地は荒れ、今も尚人の住めない荒野と化している場所すらある。

 非情で凄惨な行いを悔い、その思いを風化させない戒めでもあるのが、模擬戦闘。都一の魔法学校から、ハスミの街のような田舎の魔法学校まで、例外なく行われていた。

 生徒たちは頭部と間接部位に動物の毛皮を重ねた鎧をつけて、模擬戦闘に臨む。ダサイなどと愚痴を漏らした日には、監督する教員から拳が飛んでくる。

 以前、口に出してしまいそうになったアンナも、他の生徒が先に言ってくれたおかげで罰を免れている。

 ぼうっと取り留めのないことを考えていると、前方からの衝撃で尻もちをついた。

「アンナー、なにしてるの―?」

 頭を振って起き上がる。

 離れた場所にいる訓練の相方、リリィの声に大きく手を振って答えた。

「ごめーん、平気だからー」

 アンナは両手を前に突き出して意識を集中する。手の先に小さな火種が産まれ、膨らむ。それが三つ。

 火の玉三つは小さく弧を描き、リリィを目指して飛んでいく。

「精霊の加護、汝の翼かく語りき。清浄の光は差す」

 詠唱し、リリィも同じように両手を突き出した。金属が打ち合ったかのような甲高い音が鳴る。

「羽葉の盾」

 火の玉は着弾することなく、リリィの手前で四散した。まるで何かに遮られたかのようだが、アンナとリリィの間には障害物の一つもない。

 リリィはアンナに駆け寄り、その体をまさぐる。

「大丈夫? ケガしてない?」

「それはこっちのセリフなんだけど」

 もう慣れたもんだと両手を上げて成されるがまま。過保護なのは今に始まったことではなく、なにもアンナ相手だけでもない。

 妙に他人に優しいリリィに、さすがに痺れを切らしてぐいぐいと押し離す。

「いつ見ても不思議なんだよね、精霊魔術って」

「これしか使えないから、私からすれば普通の魔法を使う感覚っていうのがどんなものなのか、分からないのだけれど」

「先生が言ってたんだけど、外からの魔法の刺激で身体の中の魔法の種のバランスが整っていくんだって。リリィもちゃんと使えるようになるよ」

「お師匠さん?」

「うん。リリィにも会ってほしいな。今はその、あれだけど昔はいい先生だったんだ」

「それは嬉しいけど……本当に大丈夫? いじめられていたり」

「しないしないって。ただちょっと厳しいというか、でもちゃんと優しいところがいいっていうか、それに」

 アンナは周りを見渡す。校舎から少し離れた開けた土地で、他の生徒も訓練に勤しんでいる。木剣に火や氷を纏わせ打ち合う者や、重石をどれだけの高さも浮遊させられるか競う者、各々自由に行っていた。

 監督役の女性教員は鋭い眼で、遠巻きに眺めている。

「それに魔法もすごいんだから。こう火がぶわーって獣を焼いて、土がぐにゃあって盛り上がって……」

 眺めている景色は森の中とはまるで違う。明るく穏やかで、ゆったりとした時間が流れている。

「アンナ?」

「あっ、ううん。とにかくすごい先生なんだから。さぁ続き続き、フレア先生に大目玉くらっちゃうよ」

 リリィの背中を押して、元の立ち位置に戻そうとする。

 けれどリリィは動かず、突っ立ったままだ。その目線を追えば、監督役の教員に向けられている。

 その傍らに別の先生が走ってきて、何か話を始めた。かと思えば、すぐに校舎へと戻っていく。

 続いて監督の教員が平地にいる生徒に向けて口を開いた。

「ランニング! 終わったやつから教室へ戻れ! 今日の授業は以上だッ!」

 言い終わるなり踵を返し、教員も校舎に戻っていく。

「何かあったのかな?」

 アンナだけでなく、生徒たちはざわつく。

「なにか慌てた様子だったわね」

「校長先生がまた変な実験してたとか?」

「もしそうなら、今頃校内は木々で埋め尽くされてるころね……」

「アナタたち何を突っ立っていますの。ほら、行きますわよ」

 獣耳とツインテールを揺らしてシャルロットが近づいてくる。

 シャルロットの呼びかけで生徒たちは集まり、言われた通りランニングを済ませた。

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