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序章「墓地」

 街から外れて数分。柔い風に背を押されながら、リリィの小さな背についていく。

 満天の星の夜は、虫の音一つも聞こえない。ただ二人の足音が続くのみ。伸びる影を目で追えば、立ち並ぶ木々のものであった。気づけば草原に招かれ、精霊にでも化かされたのか、と思わなくもない。

 草原にぽつりと浮かぶのは白い石碑だ。暗くて分かりにくいが、所々が煤で汚れ、火で炙られている物ではある。けれど崩れることなく地に突き刺さり、雨風ごときでは崩れない有様は、その下で眠る者たちに安寧を齎すようであった。

 ランプと星月の明かりを頼りに、乱暴に生えた雑草を踏み倒しながら近づいていく。

 前を歩いていたリリィが足を止めた。

 もうあと三歩も進めば石碑に触れられる距離。

「ここに埋めてくださったと、そういう話は聞いています。実際にその様子を見たわけではありませんがきっとここにいるものだと、通いつめたのも数年前のことです」

 背を向けたままそう口にする。

 震えた声だ。シンはそれに耳を貸した。

「賊やその残党に襲われた街など数知れません。不満はないです。怒りは、ないです。街のことも、街の人たちのことも、ましてや母や父の顔すら思い出せないのですからどうして怨めましょう」

 振り向き、石碑を背に熱の籠った声で訴えた。

 リリィの連ねる感情は誰にも分からないものだ。周りの精霊たちも答えてはくれず、友人のアンナや、ましてやシンに分かるはずもない。

 肩越しに石碑を見る。石面に細かく削られているのは人の名。五十は越えるその名の数に黙とうを捧げた。下に埋まっているのはよくて数十ほどだとシンは記憶していた。

 残りは見送られることもなく、賊の手によって燃やされ砕かれ、ただ灰と化した。

「生き残ったのは私だけ。教会に預けられ、のうのうとパンを齧り、温かい布団で眠る日々。そんなことが許されていいんでしょうか」

「自分のことを忌子とでも言いたいのか」

「そうでなくては、そうでなくてはならないんです。夢を見るんです。火の海に包まれた教会の中で、磔になる夢を。長椅子に座り灰になっていく人たちを眺めながら私自身もまた焼かれていくんです。その度に、然るべき報いは受けなければと、ずっとずっと」

 藍色の瞳の中でランプの火が揺れる。夜風に靡いた銀髪は、猛獣のごとき逆立ちを見せたかのようであった。

 人を見てきた修道女だからこそだ。多くの人から許しを請われ、そして説いてきたのだ。善悪の区別はより洗練されていく。それが自身の起源ともなれば、一層厳しい。

 生まれることを望まれなかったわけもなく、ただその経緯に難がある。混血は良くないものを引き寄せる、などという迷信もあるが、リリィが産まれたという結果が賊を招き、体現する形となってしまった。

「よもや罪には罰をなどとは言うまい。キミはあくまで修道女だ。他者と同様の扱いを自身にもするのが教えとやらじゃないのかね」

「いけませんか、私が特別では」

「精霊に好かれているのも含めて稀代に寄るとは思うがね。特別とはもっとこう、世の常から外れたものだ」

「住んでいた町が賊に襲われてたった一人生き残ったとしても、ですか」

「二百年も遡ればよくあることだったろう」

「先生はお優しいんですね」

「ハァ……俺でなくとも、キミに非があると抜かす阿呆はいない。田舎街を襲い蹂躙した賊が悪い。それ以外に何もなく、そしてやつらは魔女のモルモットになった。話はこれで終わりだ」

「いいえ。今日ここで、やっと終わるんです」

 ふわりと柔らかな笑みを浮かべ、おもむろにシンの義手を掴んで首元まで持っていく。

シンはじっとそれを見ていた。

 花を摘むのとはわけが違う。その目は空に浮かぶ星のようで、物心ついたころから秘めてきていたものが映る。

 ともあれ、シンの知ったことではないわけだが。なんとはなしに思い出すのは倒壊した家の瓦礫の下に埋もれていた男女と、それから男女が覆いかぶさるようにして抱えていた子ども。

「私も皆さんのもとへ、父母のもとへ、送ってください」

 子どもの戯言にしては些か物騒で、返事をするのも馬鹿らしい。

 リリィの首に伸びる義手が軋み出す。かと思えば、辺りに白い発行体がぽつぽつと湧き、一面にふわふわと綿毛のように漂い出す。

 世界樹に干渉するほど、精霊がリリィと呼応しているのだと気づく。魔法の種が可視化できるほど増幅、密集しているのは世界樹の仕業だった。

 哀れな子どもを見て嘲笑うかのように発行体は増え続ける。一つ爆ぜれば、この場所諸共吹き飛んでしまうと予想できるほど。

 言語や音で精霊と通じる精霊術はあっても、精霊自ら働きかけてくるなど異例の事態であった。はたまた、リリィの言葉に応じた精霊術なのかもしれない。

 リリィの熱い視線はシンを捉えて離さない。

 発行体はシンが生み出したのだと信じてやまない、そんな深い藍色の目をしている。


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