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五章「森を抜けて」 3

3.

 瞼を持ち上げると夜光に充てられていた。

 今日一日だけでもだいぶ疲労が溜まる。スフィアの残した授業計画に急いで目を通し、授業の合間合間には各教員方へ挨拶をして周った。

 片腕のない生活もまだ慣れていない。

 明日も朝から授業を任されている。いつまでも寝ているわけにもいかず、森へ戻ろうと起き上がった。

 視界の端、ソファに座るリアスを見つける。

「バン先生。いえ、シン先生。お勤めご苦労様です」

「労いの言葉どうもありがとう校長先生。で、キミはなんのようだ」

 シンは椅子に座り直し、大きくあくびをしてリアスの言葉を待つ。

「何分、無茶なお願いでしたから。労うために訪れてはいけませんか?」

「来たなら来たで起こせばよかっただろう」

「何分、無茶なお願いでしたから」

「分かった分かった。それで、なにか不満でもあったか。授業内容は専門外だ。深掘り出来ないのは大目に見てくれ」

「授業については十分。もう少し愛想をよくしてもらえるとありがたいくらいです」

「無理な相談だ」

「相談ついでに、もう一ついいですか」

 そっちが本題だろうと突っ込んで話の腰を折ろうとはしない。さっさと屋敷に戻りたくもある。シンは黙って耳を傾けた。

「金銭だけの報酬では割に合わないと重々承知しております。ですから、シンさんのお手伝いをさせてもらおうかと思う所存です」

「手伝いと言われてもな。肩でも揉んでくれるのか」

「掃除です」

 なにも部屋を掃除するわけではなく、物騒な言い様にシンは腕を組みなおす。

「信者どもか」

「話が早くて助かります。今回の件、何をするのか見てみたかった反面、生徒たちに危害を及ぼしたことに怒りを覚えてもいます」

「そういう風には見えんがな。なんだ、試しに言ってみろ」

「街長の暗躍により、スフィア先生はこの学校にやってきました。スフィア先生を止めるまではよかったのですが、やはり街長にこそ然るべき罰を与えるべきかと、私はそう思うわけです」

「なるほどな。言いたいことは分かる」

「ご不満ですか?」

「あいつを私刑にしたところで何が変わるわけでもない。それに街が機能しなくなったらどうする。金周りに祭事に、普段なにをやっているかは知らんが急に代役を立ててそれで上手く事が運ぶわけでもあるまい」

 今回の臨時教員は特例だと付け加えて鼻で笑う。

「庇う理由がなにか、おありで」

「この街にいた頃も、あの狸と顔を合わせたことなど一度もない」

「信じます。シンさんがそう言うのなら、私も手を引くことにします」

「いや俺に委ねるな。自分で決めろ。腹が立ったのならば好きにすればいい。誰もお前を咎めないだろう」

「あくまでシンさんへの報酬ついでですから」

「どうせ臨時だ。扱いは適当でいい」

「それは困ります。恩には全身全霊を以って報いろ、というのが婆様の教えです。怒りは治められますが、礼を出し惜しみするつもりはありません」

「じゃあさっさと新しい教員を連れてきてくれ。俺の願いはそれだけだ」

 返事は来ず、神出鬼没よろしく研究室にはもう影もない。

 シンは立ち上がろうとしたが止めた。椅子に深く座り直して、研究室を見回す。

「……妙なところまで来たもんだ」

 人の顔を見すぎて吐き気が込み上げる。

 目を瞑ればどこからか名前を呼ぶ声が聞こえて、明日の授業を考えるため無理やりに体を動かした。

 気を失っていたのは確かで、呆けたままいつもの調子で机に手を置こうとする。無い手の方だ。

 肉でも骨でもない、乾いた音が耳を突き刺す。

 体は支えられて脳が停止する。惨めにもすっ転ぶはずだったがどうにも勝手が違った。

 恐る恐る視線を右肘先に向け、息を飲んだ。

 月明かりに浮かぶのは木だった。肘先の何もない空間から数本生えて絡まり、手と成っている。

 木の腕の周囲が歪み、シンはそれを見逃さない。

 世界樹の杖は持ち主の意思とは無関係に、まるで励めとでも言わんばかりに身体を支えていた。

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