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三章「死霊術師」 1

1.

 スフィアと名乗った男は、一見優男という風だ。童顔で線が細く、女性だと言われれば信じてしまいそうなほど。

 獣人やエルフに見られる、いわゆる耳の特徴はなく、まだ若いようではあった。

「憂いてなどはいない。有名な場所だとは聞いていたからな。どんなものかと一度拝んでみれば、なるほど大したボロ小屋じゃないか」

「私も街長に修繕を頼み込んでみたんですけど、やっぱりダメみたいで……イスタルとその弟子の行いを鑑みれば当然と言えば当然なのですが」

「傍若無人を絵に描いたようなやつだ。その弟子もまた然り。取り壊されていないだけ有情と思うべきだろう」

 日も半分沈み影が増す。小屋の様子も分からなくなり、その場を離れようとした。

「もしよろしければ一緒に食事でもどうですか? これも何かの縁、いやイスタルのお導きに違いない。見たところ旅の御方。宿もまだなら案内しますよ」

 スフィアは手にしていたランプを胸元でぶら下げて見せる。

 何が目的かとは言われずとも察する。この手の信心深い輩をシンは多く見てきた。二言目には彼の者は凄い偉い素晴らしいだのと、何をありがたがってか自慢げに語りだすのだ。

 フードの下を詮索するような素振りを見せない辺り、無邪気ではある。

「生憎、手持ちがなくてな。知人の家に世話になるつもりでいる」

「そうでしたか。食事でしたら、もちろん私が勘定を持ちます。わざわざイスタルの寺子屋を見に来る旅の御方とあっては、無下に扱うなんて出来ません。ささっ、行きましょう行きましょうそして存分にイスタルについて語り合いましょう」

 適当にあしらうが食い下がられる。

 頭を悩ませているうちに先に立たれ、ランプが揺れた。

「どうしたんですか? いいんですよ遠慮されずとも」

「キミはその、なんだ。この街はキミみたいなやつばかりなのかね」

「と言いますと?」

「あの暴君を一心不乱に崇めるやつばかりなのかと、そう聞いているんだ」

 スフィアは目を見開いて驚いた様子だったが、直に頭を掻いて苦笑する。

「あぁすいません。イスタルのことになるとどうにも自制が効かず。街の人たちはあまり口にしたがらないんですけどね。私は都から越してきた身ですけど、イスタルへの想いなら誰にも負けないつもりです。はい」

「そうか。いやまぁ、そうか」

 ハスミの街で、これほどまでに熱烈な人間を見た覚えはなかった。石を投げた者たちの中には信者がいたのかも知れず、ふとアンナのことを思う。

 視線を虚空からスフィアへと移した。

 すると、スフィアは慌てて頭を下げる。

「実のところ、アナタをイスタルの関係者か何かと踏んでいるところもありまして。出来たのならお話を聞ければと、邪な考えを抱いていたのも事実です」

「まさか」

「ははは。そうでなくとも、旅の御方の話というのも一度聞いてみたくありまして、職業柄、見聞を広めておきたいもので」

 裏表の無さを物語る満面の笑みだ。

 シンはフードの下で舌打ちしそうになる。魔法でも使って逃げ出そうと思えば逃げ出せるが、相手もどう出てくるか分からない。

 アンナから聞いた話が確かなら、薬の売人と思われても当然だ。

 熱心な信者のフリをし、懐を探ろうとしているかのようにも見えてくる。

 フードを被って全身をローブに包んだ、いかにもな風貌の男が街の外れにいたのだから執拗に絡まれもする。

「都から越してきたと言ったな。ここ数年住まいを転々としていて都にもしばらく行っていない。少しの間なら話相手になろう」

 森を留守にしていることに一切の不安はないが、さっさと戻りたくはあった。フードを深く被り直し、疲弊しきった顔を隠してスフィアの後ろに着く。



 学び舎から離れて街の中心部に歩いていく。

「お名前をうかがっても?」

「バンだ。キミはスフィアだったか。まだ若そうだが教師とは中々大変じゃないのか。さぞ勉強熱心なんだろう」

「そんな大層なものではありませんよ。試験も運よく通って、ハスミの街の学校に紹介してもらえたのも恩師のおかげで。生徒たちを見てると、見識の狭さに毎日反省させられるばかりです、はい」

「そう謙遜するな。どれ、興が乗ってきた。酒場はどこだ」

「酒場にしますか? ならすぐそこに。なんだか賑わっているみたいですけど、席が空いていないなんてことはないでしょう」

 立ち並ぶ家よりも一回り大きな店。その店から漏れる灯りと喧噪に誘われる。中に入ろうとするが、入り口でスフィアが足を止めたまま動こうとしない。

 スフィアの肩越しに店内を覗けば、油とスパイスの香りが鼻を突く。

 客は賑やかに飲み食いをしていた。いかにも酒場だと言わんばかりの盛り上がりっぷりに気後れはしても、立ち止まるほどではない。

 体格のいい客から細身の客まで様々で、そのほとんどが淡い藍色の服で身を装っており、奇妙さが目立つ。

 酒場には不釣合いなその統一性は、見ている者の身を引き締めるような、そんな雰囲気を醸し出す。

 シンもこれには面食らう。警戒はしていたが酒場で出くわすのは想定外であった。余ほど手を焼いている案件であることが伺える。

「都の騎士団……なぜこんな街に……?」

 スフィアも眉をひそめて、立ち尽くしていた。

「どうした。入らんのか。妙な連中がいるみたいだが」

「あぁすいませんっ。酒場はここくらいなもので、席も空いてるみたいですから入りましょう。ささっ、どうぞこちらへ」

 肩を叩いて催促すれば、慌てた様子で店に入る。

 充満する臭いと喧噪をかき分けるように丁度空いている店奥の二席を目指した。騒ぎだけ聴けば、盗賊の夜営の中にでも飛び込んだかのようである。

 とにかくやかましく、シンは片耳に指を突っ込んで、店内でも大人しい場所に目線を逃がした。これもまた店奥で、女性が二人、コップを片手に何やら話をしている。片方は騎士団の様相、もう片方には見覚えがある長耳のエルフ。

 ルーギスだ。コップの中身は酒であろうことは、赤くなった顔を見てもよく分かる。よほど相手を気に入ったのか、天井に吊るされた光源の下で、にへらにへらと口角を持ち上げていた。

 眉間にしわを寄せて肩を落とすもう一人を不憫に思っていると、足がぶつかる。スフィアの足を蹴飛ばす形になり、スフィアはそのまま前へとよろめいた。

 よろめいた先では騎士団員の一人がちょうど立ち上がり、通路へと身を乗り出していたところだった。

 スフィアよりも体格差はあったが、騎士団員は酒の回った体をふらつかせてそのまま押し倒された。

 シンが謝る暇もなく、騎士団員は立ち上がり、流れるようにスフィアの胸倉を掴む。

「ああぁ、すいません。わざとではないんです」

「わざとじゃないからなんだァ。いいか? ぶつかって倒したってのはつまりはそういうことなんだろぉあぁ?」

 同席していた騎士団員の一人もまずいと思ったのか、止めに入るが顔を殴られ伸びてしまう。残りの団員は見て見ぬふりだ。

「騎士ってのはなぁ。いついかなる時もしりを付いちゃぁいけないんだよ。それをなんだおめぇはよぉ。お前も騎士は時代遅れだとバカにするのか? あぁ?」

「そういう気は一切ないんです。ほんとです。信じてください」

 次の拳が振り上げられて、流石に原因の身でありながら介入しないわけにもいかず、シンも体を間に割り込ませる。

「待て待て。彼を突き飛ばしたのは俺だ。ちょっとばかし足が絡まってしまってな」

 間に入るが拳は下りず、じりじりと後退してみせる。男一人を殴り飛ばすところを見せられては、腰も引けるというもの。

「すいませんバンさん。私がどんくさいばっかりに」

「このまま隙を見て店を出るとしよう」

 小声で示し合わせてから、騎士団員の男と向き直った。

「いやすまない。騎士様と事を構えるつもりは毛頭ないんだ。だからその拳は収めていただきたい」

「うるせぇ野郎だ。その小汚ねぇフードを脱いで顔見せろ。一発ぶん殴ってやるからよ」

「勘弁してくれ……おい、ちょっとキミら。酔っ払いの介護くらいちゃんとしてくれ」

 席にいる騎士団員に助け舟を求めたが、酒を飲んでしらを切られる。

 じりじりと距離を詰められ、迫る強面。

 こちらから何かしようものなら、それこそお尋ね者になってしまう。煙幕でも炊いて逃げられるかどうか思案しながら、ルーギスの存在をひらめく。

 店の奥を見れば、近づいてくる二人の女性の存在を視界に捉えた。

 騎士団の格好をした女性が、男の騎士団員の拳を掴んだ。

「市民に手を上げるとは何事ですか。飲み過ぎです。席に戻りなさい」

「ぶ、部隊長。ですが、こいつらが」

「戻りなさい」と二言目には男の騎士団員も従って、しぶしぶ席に着いた。

 席にいた団員に睨みを効かせてから、シンたちの方を向いて頭を下げた。

「うちの団員が申し訳ありません。恥ずかしいところをお見せしました」

 見ればまだ若くスフィアに近い。短く艶やかな金髪は令嬢を思わせる。

 部隊長と呼ばれるだけあって、団員たちの近くに立つと、辺りの騒ぎも落ち着き始めた。

「粗相を働いたのはこちらだ。気になさるな」

「それでも一般市民への暴力行為は許されないので。ケガはされなかったでしょうか?」

「俺が言うのもなんだが、酒の席に荒事は付き物だ。なぁスフィアくん? この人たちに相席してもらうのはどうかね?」

「いいですね。騎士団全員というわけにもいきませんが、迷惑をかけた代わりにお二方の分も私が持ちますよ」

「いえそういうわけには」

「遠慮されるな。邪魔だと言うのならお二人だけで飲んでもらっていても構わない」

「そうだぞカーナくん。いい男二人が奢ると言っているのだ。奢ってもらうに越したことはないだろう。それとも騎士様は市民からの施しは受けないとでも言うのかね」

「ルーギスさんはなんでそう、意地悪なんですか……」

 ルーギスはカーナと呼んだ部隊長の脇を抜け、兎のように跳ねながらシンの傍に寄る。スフィアをどけて、ぐるぐると周ってみせた。

「キミは随分と、風変わりな格好をしているねぇ」

 一体全体なんなんだと、ローブの下から目を向けた。弱い力で引っ張られ、膝を曲げると耳打ちをされる。

「薬の件に集中させる。乗れ」

 理解が追い付くよりも早く、ごとんと鈍い音が鳴った。床に何かが落ちて、それをルーギスが拾い上げた。

「キミ、なにか落としたぞ。なんだこれは? 粉のようなものが入っているようだが」

 これ見よがしに小瓶を摘んで、声に出す。

 薬の入った小瓶だった。

「少しお話を聞かせてもらっても、よろしいでしょうか?」

 カーナが腰に差した剣の柄に手を添えながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。

 察して、シンは準備していた煙幕の魔法を一目散に行使する。つまりは薬をばら撒いている首謀者になりすまし、騎士団の仕事を一つに絞る策だ。

 店から飛び出して再び煙幕を張る。移動手段に魔法を使うと痕跡を辿られる恐れがある為、あくまで自分の足で逃げる必要があった。

 背後ではカーナの剣のように鋭い声が騎士の足を動かす。地面を揺らさんばかりの勢いで追ってきていた。

 ローブの色を魔法で黒く染め、夜の闇に紛れて街を出る。

 当てずっぽうであちらこちらへと飛ばされる騎士団員の火の矢の魔法に注意しながら、シンも魔法を展開した。

 風を捻じり、おおよその位置に小型の竜巻を作り出す。いくつか作り、街から出てきた騎士の足を止めるように設置した。

 火の矢の飛来が途絶えたことを確認してから大きく迂回を行い、内心でルーギスに恨み辛みを吐き出しながら、なんとか森へと逃げ込んだ。

 やはり森から出るものではない。ぼやいたかどうか自分でも分からなくなりながら、屋敷の椅子に腰を下ろして一息つく。

 瞼を閉じても夢は見ない。

 代わりに、アンナの姿が瞼の裏に浮かぶ。

「思えば、あの子のせいなんだな……」

 淡々と呟いて、窓から月が照る夜空を見上げた。

 空には目に見えない魔法陣が形成されていて、森の中も罠ばかり。いままで一切誰にも侵入されることなく過ごしてきた。

 やはり森を抜けてこられたアンナを不思議には思っても、答えにまで至らない。

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