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二章「魔法学校」 5

5.

 生徒の前に決して姿を現さない校長は、その職務のすべてを教頭に一任し、魔法の研究に没頭、たまに校内で惨事を引き起こしている。今回もその類だと生徒たちは予想した。

 教員の慌ただしい態度を怪訝に思いながら、模擬戦闘の授業から校舎に戻ったが、何の変哲もない。

 生徒たちもほっと胸を撫でおろし、席に着く。

 始業の時刻から少し遅れて教員が教室に入ってきた。

 授業は滞りなく進む。それでも、魔法史の授業が始まる前、シャルロットが痺れを切らして席を立つ。教員も何事もなかったかのように授業をするものだから、不信感が募る。

「スフィア先生。少しいいですか」

 魔法史の担当はスフィア。教室に入ってくるなり、鬼気迫る勢いで詰められるのだから思わず尻込みしてしまう。

「ど、どうしたんですか。家庭訪問の話なら私ではなく教頭先生がご挨拶に向かうことになりましたから、安心してください」

「そんな話はどうでもいいのです。それよりも先ほど教員方の間でなにかトラブルでもあったのではなく? 模擬戦闘の授業で、先生方は慌てた様子で校舎に戻っていきましたが」

「あ~…そう、でしたか」

 スフィアはシャルロットの肩越しに教室を見渡した。愛想笑いを浮かべる生徒や、そわそわしながら何とも言えない顔をする生徒が並ぶ。

「言わなきゃだめですかね? だめですよねぇ……」

 シャルロットが席に着くのを見て、長い息を吐いた。

「えーっとですね。実は生徒の一人が良くないものを所持していて、少し問題になってまして……ちょっとした薬というか、明日生徒の皆さんにもお伝えする予定ではあったので、どうかご内密に」

 スフィアの話に教室がざわつく。

 すぐに打って出たのがシャルロッテだった。手を打ち、乾いた音で静けさを取り戻す。

「アルボレさん、ありがとう。魔法の力を高める代わりに心身を蝕む物ですから、所持服用生成の一切を禁じられているんです。ついでで話すのもなんですが、いわゆる魔法活性化薬が作られたのも戦時、かの有名な魔法使い――」

 話が長くなりそうなところで、アンナは隣に座るリリイに細い声で尋ねた。

「薬って、初めて聞いたよそんなの」

「たまに協会にも来る。学生っていうほど、若い人を見た覚えはないけれど」

「でもこんな田舎街に? 売れないんじゃない」

「この街、だからこそなのかもしれないわ」

「それって、イスタルさんの学び舎があるから?」

「良くも悪くも偉大な人だから……アンナは、大丈夫よね? 最近魔法の調子がいいみたいだけど、ちゃんとお師匠さんがいてその人に教えてもらってるんだよね?」

 教会に努めるリリィは、薬にやられた人の無残な姿を見てきている。

「いくら伸び悩んでるからってそんなものに頼りませんよ、えぇ。そんなズルをして魔法使いになっても嬉しくないし」

 アンナは細い声で、けれど自信ありげに話した。

 教会に駆け込んできた者に、いい思い出はないのだろうと予想は付く。リリィが頷き、ほっと胸に手を置く様を見て察する。

 長々と語っていたスフィアも我に返り、わざとらしく咳払いをした。

「んんっ。とにかく、教員一同全力で事に当たりますが、見かけた生徒も至急教員方に知らせるようお願いします。魔法の成長は、筋肉や骨の成長と同じ。日々勉強をしていれば尚のこと、焦らずとも結果は付いてきます。自分自身……自分自身を、信じるように」

 スフィアは教室内を見渡し、力強く言ってみせる。

 その熱の入ったもの言いに、生徒は驚きながらも聞き入った。

 アンナも意外に思いながらも、まっすぐな眼に注目していた。

 後日、スフィアの言ったとおりに学校中で生徒に呼びかけられた。ただ出所が分からず、使用していた生徒は治療を目的に教会へと足を運ぶこととなる。

「都への進学試験に悩んでいた時、いつの間にか机の中に放り込まれていたみたい」

 治療者について口外は控えるよう言われていたリリィも、アンナにだけは伝えた。

 気にかけてもらうのはありがたい話だ。それでもアンナは、魔法に関して思ったよりも信用されていないことに、ひっそりと胸の内で泣く。



 昼間の森はまだ明るく、狩りもしやすい。

 慣れない手つきで弓を引きながら、矢先の差す方へ集中する。遠目では全体像を捉えられないが、確かに小動物である。背中の毛皮を見て、慌てて矢筒から矢を取り出したところだ。

 アンナの頬を汗が伝う。教えてもらったとおりにまずは息を整え、数度の瞬きの後、ぎんと目を見開いた。

 弓と矢がぶつかり合って音が立ちそうになる。それを意識して抑え、木陰から身体を出し、低い姿勢で構えに入った。

 指のマメが痛む。構わず、矢を引けば弓がしなり弦が張る。

 限界まで引き絞ったのちに、息を止め、指を離した――パスンッと乾いた音が鳴った。

 矢は狙った場所には届いた。小動物はすでにおらず、木の生え際に突き刺さる。

「今日はここまでだ。上がるぞ」

 肩を落としていると、背後からシンがやってくる。

 期待しているわけでも残念そうにしているわけでもない無表情さに、アンナは口を尖らせた。

「まだできます。今のだって惜しかったんですよ」

「あぁ見ていた」

「だ、だったらあと少しだけ、やらせてもらっても」

「必死になっただろ。それじゃ何度やったって無駄だ」

 先に歩き出したシンに置いて行かれないよう、アンナも慌てて飛び出す。

「必死って、必死になっちゃ駄目んですか。生き物を狩るんです。必死になって、当然だと思います」

「必死になるなら獣にだって、いやむしろ獣の方がもっと利口に狩るだろう」

「むー……次は、ちゃんと捕まえます」

 森を抜けるまで話はなく、屋敷の前で足を止める。

 アンナはシンの後ろから顔を出し、ルーギスの姿を捉える。さっと身体を出し姿勢を正した。

 ルーギスも気付いて二人に近づく。

「立派に師匠やってるみたいじゃないか。よかったよかった」

「お前らエルフはくだらん茶々を入れんと話も始められんのか」

「……アンナちゃん、こいつなんかのところじゃなくてウチに弟子に来るかい? 口も悪いし、その様子じゃろくに面倒も見てくれないだろ?」

「い、いえ、あのその」

「で、今度はなんだ。指名手配書でもバラまかれ始めたか」

 相変わらずの不愛想さに、ルーギスは溜め息も出ない。

 屋敷に移動し、アンナの入れた茶を飲みながら言う。

「珍しく街長を見かけてね。知ってると思うが、街長はハスミの発展に尽力し、頻繁に都へと出張している。そんな多忙な街長から聞いた話なんだが、都から騎士団が派遣されてくるらしい。なんでも、都で少々噂になっている、土の巨人の調査だとかなんだとか」

「土の、巨人」

 商人を運んだ土の巨人に、アンナは覚えがある。窓際に立つシンへと顔を向けた。

 アンナの眼を追い、ルーギスもそっと息を吐く。

「やっぱりか」

「知らん話だ」

「土中の微生物を含むあらゆる死骸を操り、土の人形を作り出す死霊術。その特性から使用者が術を説かない限り何度崩れても自己修復する不死の巨人。巨人という規模を鑑みるに、ちょっと死霊術の適性があるからって使える魔法ではない」

「その騎士団が来るからどうした。俺を探そうものなら森に惑い、養分になるだけだ。ははっ、無駄足無駄骨にさせんどころか、五体存分に使いつくしてやる」

「先生……」

「シンお前……」

 二人に冷めた眼差しを向けられ、はぐらかす様に戸棚の本に手を伸ばす。

「冗談だ。盗られた本の件もあっての調査だろう。騎士団様もさぞかし暇なんだな」

「土の巨人に関してお上は建前上での命令だろうが、現場の人間らはそんなこと知った話じゃない。森に入らないよう忠告しておくが、強行されては流石に私でもな」

「あー分かった分かった。念のため細工はしておく。それでいいな」

「助かる。まぁどうにも、それだけじゃないみたいだけどね」

 ルーギスは懐から小瓶を取り出し、シンに投げつけた。小瓶の中は白い砂のようなもので満たされている。

「これは、薬か」

「活性化薬。素材はおそらく魔獣の骨や魔法石、禁忌指定植物アラルウネ。副作用の症状としては体内の魔法の種の均衡崩壊、骨や筋肉の形成阻害、内臓機能低下が見られている」

「街じゃよく使われてるのか?」

 薬と聞いてから小瓶から目を離せずにいたアンナ。

 首を横に振り、困ったように眉を寄せる。

「協会にはたまに来るみたいで、あと学校の上級生が一人、持っていて……すいません、先生に話すことでもないと思っていたので」

「確かに、関係のないことだな。要はこいつの出所をしらみつぶしに探しているわけか」

「表立って動けば争いは避けられないだろうからね。イスタルのようなものもいれば、まったく魔法を使えないものもいる。自信を無くし、薬に手を出すものも少なくない」

「人間も獣人もエルフに比べたら短命なんだ。あまり分かった風な事は言うなよ」

「キミはさぁ。アンナちゃんこいつデリカシーが無さすぎると思わないかい? 変な事されてない? 大丈夫かい?」

「先生に変な事……うへへ……」

「……とにかく、森の仕掛けは任せたよ。私は私で動いてみるから、なにかあればまた追って知らせる」

 席を立ち、出口へと向かう。

「ルーギス」

 シンに呼ばれて、扉の前で立ち止まった。振り向けば小瓶を投げられ、慌てて受け取る。

「なぜこんな話をする。忘れたわけじゃないだろう、俺がここにいるワケを」

「五年も経ったし、もういいんじゃないか。誰も君のことなんか覚えていないよ」

「イスタルの魔法は、そうはいかない」

「だから皆で協力して流出を防げばいい。キミ一人が犠牲になることは結果として間違いでなかったけれど……あぁこれは私の我儘だ。分かってくれとは言わないよ」

 ルーギスは自嘲気味に笑って、屋敷を去っていった。

 鈍い音を立て、シンは椅子に座る。腕を組んで眠るかのように目を閉じた。

「あの、先生が犠牲ってどういう」

「アンナ。キミは、ルーギスとはどういう関係だ?」

「え? たまにうちに来てくれて、顔見知りというか、え、あっ今、名前」

「あいつは昔から面倒見がよくてな。弟子も何人かいると聞く。そんなやつに俺の居場所を聞き、またこうして余計なことをさせているのは、キミということで間違いないな」

「す、すいません」

「ルーギスがさっき言ったことは忘れろ。今後一切話題にしないと誓えるなら、頼みごとの一つでも聞いてやらんこともない」

 アンナは勢いよく首を縦に振り、レモン色の髪をはためかせる。

 茶を飲み、身体を休めてから森の仕掛けに取り掛かるべく屋敷を出た。

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