始まりのHelloWorld
「由紀、どうしたんだ急に呼び出して?」
「これからお兄ちゃんには弾幕シューティングを作ってもらいます」
「なんだよ急に? なんの脈絡もないな」
「よく考えたらこの世界にレギュレーションって無いじゃないですか? それならこういう世界もありかな……と」
「メタメタしいぞ」
「とにかく! お兄ちゃんは私の書いたコードを参考に弾幕ゲーを作ってください!」
こいつは妹の由紀、特に脈絡も無いが俺の妹ということを覚えてもらえると嬉しい。
そして学校では情報部に入っているらしい、特に重要ではないが……
「では始めましょう! さあPCを持ってきて! 早く!」
「お急ぎのところ悪いんだが、俺はプログラミングなんてした事ないぞ。PCだけでいいのか」
俺もMacを持っているのでそれでいいんだろうか?
「ふむ、そうでしたね。ズブの素人のお兄ちゃん相手に無双するのは良くないですね。初歩からいきましょうか」
さらりとバカにされてないかな?
そうは言いつつ妹には甘いので部屋からMacBookを持ってくる。
「プログラミングってあれだろ? 黒い画面に緑の文字がバーって出てハッカーがひたすらキーボード叩くやつ?」
「いつの認識ですか? 今ならゲームだってエンジン使ってマウス触ってる方が多いですよ……」
すごいな、俺にもゲームが作れるのか。
「エンジンってのを使えば楽に作れるのか?」
「そうですね、今は生業にしてる人もゲームエンジン使ってる人が多いみたいですね」
「じゃあそれを使えば……」
「ですが! お兄ちゃんには文字を打ち込んでもらいます!」
面倒な方かよ! 楽がしたいぞ!
「ええっ! 楽に作れる方がいいじゃん! なんでそっちなんだよ」
「まったく……お兄ちゃんは『文字映え』というものを考えてくださいよ……文字だけの世界でGUIを表現するのは大変なんですよ!」
「えぇ……」
めっちゃ大人の事情じゃん! そんな理由で面倒な方になるのか……
「さてそれではお兄ちゃんにはまずEma……、ゴホン、すいません趣味に走りました。流石にエディタはきついですね……IDEを使いましょう」
今なんていい書けたんだろうか?
なにやら面倒くさそうなやり方を思いついてのだろう。
「いで?」
「あ・い・でぃ・いー! 統合開発環境のことです。そうですね、今回はandroidのスマホに向けて作りましょうか」
「なんでandroidなんだ? 今時の女子高生はみんなiPhoneだってテレビで言ってたぞ」
今時のJKはiPhoneかでクラスカーストが決まるってみたんだが。
すると由紀はしょうがないですねといった感じで俺に言った。
「動かすのにMacが必要なものなんてハードル高いでしょう……同じJavaならPC向けの線も考えましたが……信じがたいことにスマホしか持ってない子が多いんですよね」
「PC持ってないのか……」
信じられない……スマホのみってよくネットが使えるな……世代か……
「それどころか自宅に固定回線がない子だって珍しくないですよ。私には理解できませんが」
固定回線ないってマジかよ!? 動画サイトもまともにみられなくね?
それでは……と由紀がもったいぶった感じで口を開いた。
「それでは……まず環境を用意しましょうか」
「えっ? キーボードカタカタは?」
「この世界は開発初見でも理解できる世界にする予定なのでそれはずっと後です」
「この世界って?」
「私たちの存在意義に関わるのでそこは掘り下げないで行きましょう! はいGoogleを開いて」
聞いてはいけないことらしい、ここには触れないことにしよう。
俺はMacBookを開きChromeを起動しGoogleを出す。
「なあ、もしかしてこのブラウザで動くのか?」
「JavaScriptなんかは動きますが、そこ言い出すときりがないので省略です。Googleの検索窓に『AndroidStudio』と入力して検索してください」
動くのもあるのか……そっちのがいいんじゃ……
とは言え妹に甘いことで定評のある俺だ、言われた通りのワードで検索をする……すると出てきた。
「なになに……AndroidStudioをダウンロード? これか?」
「そうですそれです。チャチャっとダウンロードしますよ、容量大きいですから気をつけてくださいね」
「うち光回線だぞ、よっぽど大きくない限り大丈夫だろ」
そういう俺の言葉を由紀が無慈悲に打ち消す。
「1ギガ」
「は?」
「他にも必要なものはありますが、最低限必要なので1ギガです。で、なんか言いましたか?」
「いえ、なんでもありません」
そして十分後……
やっと終わった……
「はいホッとしない! ここからが初期設定の山場ですよ!」
「インストールするだけだろ?」
.dmgをダブルクリックで一発とはいかないのか……
「流石にそこまで至れり尽くせりじゃないですよ、Googleのお客さんはユーザであって開発者じゃないんですから、私たちに優しくする義理はないでしょう?」
「とりあえずダウンロードしたファイルをダブルクリック……っとインストールできたぞ」
「それでは開発ツールをダウンロードしましょうか」
「えっ!? これで開発するんだろ! なんで他にもいるんだ!?」
「今のはあくまで統合開発環境ですから、細々したコマンドラインのツールも入れないといけないんです」
「うぅ……こんな面倒なの?」
「泣き言を言わない! eclipse時代はもっと面倒だったんですよ! これでも十分楽になりました」
もっと面倒とか恐ろしい時代もあったんだな……
「さあ起動してください! 話が進まないでしょう?」
「わかったよ……」
「ではまずメニューバーのToolsからSDK Managerを開いてください」
サブウインドウが開いた、そこには一面の英語が……
「英語! 読めないよこれ!」
「大丈夫です、単語自体は専門単語除けば文法の方と一緒で中学レベルです」
「ちゃんとSDKのメニューが出てますね。それではまず……OSのイメージは一つでいいですね、oreoにしましょう」
oreo? お菓子かな?
「えっ? お菓子の時間?」
「androidは開発コードにお菓子の名前を使ってるんです、今回ダウンロードするのはOreo、バージョン8にします」
「上にもっと新しいバージョンもあるけど……古い方でいいのか?」
「まだほとんど最新バージョンは使ってる人いないですからね。この辺のバージョンにしておけば古い世代のバグも新しい世代の仕様変更も少なくていいんです」
最新バージョンが普及に時間がかかるのは世の常らしい、未だにXP使ってるとこもあるっていうしなぁ……そういうもんだろう。
「それではバージョン8.0のイメージにチェックボックスを入れてApplyを押してください」
「ええと……アプライ……あったこれか」
ポチッとボタンをクリックすると確認画面の後ダウンロードが始まった……はずなのだけれど進まない。
「これちゃんと動いてるのか?」
「そりゃまあOSのイメージ一式ダウンロードしてるんだからそれなりにかかりますよ。気長に待ちましょう」
WindowsならOS一式ダウンロードするようなものか、ダウンロード版も出てるけど容量大きそうだもんな。
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「やっと終わった……今度こそプログラミングが始められ……」
「ではSDK Toolsのタブを開いてください」
「まだあんのかよ! 長い! 長すぎるぞ」
俺が切れそうになっていると諭すように由紀が語りかけてきた。
「お兄ちゃん、楽をするための努力は惜しんじゃダメですよ。それこそさっさと揃えたいならvimとC言語であっという間に環境が揃いますけど、お兄ちゃん……黒い画面と格闘したいんですか?」
「黒い画面ってよくドラマとか映画にあるやつだろ? プログラミングってそういうものと思ってたけど……」
「ちなみに文字を出すのは10行もいりませんが、全部キーボード操作です。ウインドウ出そうとしたら凄い行数がかかりますよ?」
「こっちでいいです……」
「はい、ではさっき開いたタブの中からAndroid SDK Platform-toolsとAndroid SDK Toolsにチェックを入れてapplyしてください」
「おう、やったぞ」
「では少し待ちましょう」
「終わった……今度こそプログラミング出来るようになったよな?」
「エミュレータは念の為ダウンロードしただけで、動作確認は私のスマホでするのでHAXMはいいですね……」
いよいよ俺もスーパーハッカーになれるのか、ウキウキするな!
「では今日は最後にお約束のHelloWorldをしておきましょう」
「おう、どうやればいいんだ?」
「まずFileからNew Projectを選んでください」
「なんかアプリの画面見たいのが出てきた!」
「今回はEmptyActivityを選んでください」
画面にあるのは真っ白な画面を作成するという選択肢だ、多分これだろう。
「はいよ」
「あとは流れでイエスを押してください」
「雑だな……」
「どうせ作ってれば嫌という程見る画面ですし、頭はもっと難しいところに使いましょう」
「おお! なんかプログラマっぽい画面が出てきた」
「はい、ここまででほとんど完成です」
「えっ!?」
「言ったでしょう『HelloWorld』だと。さあツールバーの実行ボタンを押してください」
「あ、ああ」
俺はメニューの実行ボタンを押す。
ところでこの実行ボタンだが、この三角形で実行ボタンとわかるのはいいデザインだと思う、初めにデザイン思い付いた人凄い。
「ええと、なんか画面が出たけど……」
「ここで私のスマホをつなぎます」
そう言うと由紀はMacBookの電源ケーブルをACアダプタから抜き自分のスマホに差し込んだ。
「あっ! なんか出てきた!」
「それを選んで実行してください」
「これでどうなるんだ」
「見てください」
由紀がスマホの画面を俺に向ける。
そこにはHello Worldとすごく小さな字で書かれていた。
「これだけ?」
「そうです、『たった』これだけです。でもこれは確かにお兄ちゃんがつくったものですよ、誇っていいです」
「こんなのでもプログラマを名乗れるのかな? なんかずるい気もする」
「いいんですよ、誰だって最初はこの辺から始めるんですから」
「じゃあこれでゲームが……!」
「それはまだだいぶ後ですね。今日はもう眠いので終わりにしましょう」
そう言うと由紀は二階の自分の部屋へ帰っていった。
一人残された俺は未だ自分がアプリを作ったという熱に浮かされるのだった。