乾いた魚
Enjoy!!
船着き場に迷い込んだ魚群は六月の太陽を浴びて輝いていた。こんなところに来るとはどこかで航路を誤ったのだろう。それは波のない落ち着いた表層をはい、東から西へと進んでいた。その様子は巨大な生物の血液の循環のようにも見えた。海の香りがした。それは風のない、焼ける暑さの中にとどまり続けていた。それはいつもよりも強く、不快ですらあった。私はその原因がどこかに打ち上げられた水死体のせいではないかと考えるようになった。だが実際には一匹の乾いた魚だった。
それはデッキの上で体をのけぞらせ、鋭利にとがった尾びれが空を指していた。目はくぼみ、眼球の中央部分だけが白く残っていた。陸に上がってからいくらか時間がたっていたせいで、表面は黄ばんで、いたるところにしわができていた。それを触ろうと、まして食べようとするものは誰一人としていなかった。
どうしてこの魚はたった一匹だけ陸に打ち上げられたのだろう。辺りに同じような仲間は見当たらなかった。もしかすると民族の大移動に反対して処刑された誇り高き保守派の英雄かもしれなかった。あるいは、航路を間違えて追放されたおろかな航海士かもしれなかった。しかし、今となっては彼の生前の肩書など関係なかった。今はもう、海面のローラーコースターという共同体から振り落とされた哀れな一市民でしかなかった。
ハリケーンの作る高波にも冷静な入江に、これほどの群れが入り込んで来ることはそうそうなかった。同時に、われわれもこの船着き場から沖に出るのは容易ではない。そのための複雑なステップをこの街の漁師は子供の頃から体得してゆく。もし、そのステップを誤れば座礁した隣国の密輸船のように裂けてねじ曲がった鋼鉄のスクラップとなる。この町の誰もがそのことをよく知っていた。
うわさを聞きつけた男たちがさおや網をもって集まり始めていた。普段は暑さにうなだれているばかりの人々もこの日ばかりは違っていた。再びこの群れが沖に戻れる確立は低いように思えた。もしかしたら、海底にはわれわれが知らないルートがあるのかもしれない。しかし、進むべき道を誤った群れがその数を維持し、存続してゆくゆくという希望は袋小路へと追い詰められたように見えた。