序章 私たちは本当に鏡のように
その子は断崖絶壁を登っていた。
特に命綱もつけずもちろん落ちたら一溜りもないだろう。
時折己を鼓舞するためかなにかを口にする。
急な突風。
白銀に輝く長い髪は風に煽られ幼いその子は必死に崖にしがみつく。
風が止むとまたその子は崖を登る。
崖の途中一輪咲く赤いとても美しい花。
どうやら女の子はそれを手に入れるために崖を登っているらしい。
なんて愚かなことをと私は思った。
身を危険に晒してまでそこまでする価値があるのだろうか?
されど、女の子にとってそれはその価値があるのだろう。
やっと女の子が花を手に取った。
女の子の顔がほころぶ。
と、その時ひときわ強い突風が女の子を襲った。
女の子の体は宙を舞い…。
「おい!美羅。美羅。起きろ!」
私はそこで目を覚ます。
周りを見渡す。
クラスメイトが私を見ていた。
教壇では数学教師の菊池が私を睨んでいる。
「寝てる余裕があるならそれを解いてみろ。」
またか。と私は嘆息した。
もちろん授業中に居眠りしている私も悪いがこの教師私に何故か難問を出してくる。
高校レベルではなくそれこそ大学院レベルのものだ。
私は渋々立ち上がり黒板の問題を暗算しながら前へ出る。
チョークを手に取ると過程をメモしながら詰めまで計算していく。
解を導き出したら私は席に戻った。
「くそ、正解だ。」
苦々しく吐き捨てるように菊池が言い捨てる。
私は再度二度寝に入った。
下校時間。
私は駅のホームで電車を待っていた。
つまらない日常をいつまで繰り返す?
私はふとそんなことを思った。
別に何になりたい訳でもない。
夢がなければ希望を見出している訳でもない。
ただ死んでないから。生きるだけ。
生き屍というのはそれこそゾンビだけではないのかもしれない。
電車がホームに入ってきた。
と、私の体は前に進む。
いな、後から誰かに…。
私が振り返る前に意識はとても嫌な音とともに途切れた。
目が覚めると真っ白な世界にいた。
どこまでがX軸なのかY軸なのかそれすらも分からない。
きちんと立ってるかもあやふやな世界。
私があたりを伺っているといつの間にやら誰かがいた。
それは白いドレスをまとったとても美しい女性と黒いフードと鈍色に輝く鎌を持った女性だった。
死神と女神かな。
私が持った感想はそれだった。
別に確証はないがそう思わせる何かが二人にはあった。
「こんにちは。美羅さん。」
白い女性は歌うように澄んだ声でそう言う。
「よっす。無事寿命全うご苦労さん。」
黒い女性はまるで旧知の仲にいうように言う。
「死んだ人にその言い方はないと思いますよ。」
諌める白い女性の言葉にあぁ、やっぱり私は死んだのかと思わされた。
それはそうだろうなと最後の記憶を思い出す。
電車に引かれて死んだんだと。
なにやらやり取りしてる二人をボーと見つめた。
このやりとりが終わったら私という人格はどうなるのだろう?
特に悪いことした記憶はないので天国で静かに暮らせるのだろうか?
そんなことを考えていた。
「ごめんなさい。お待たせして。」
白い女性はそう謝る。別にどうでもいい。
死んでいる身としては時間などもはや意味などない。
「さて、死んじまったお前にちょっとお願いしたいことがある。」
いきなり死んだ身の私に頼まれごと?
「どういうことですか?」
私の言葉に白い女性はうなづく。
「そうね。まずは私たちが…。」
「あっ、それはいいです。頼み事の内容だけお願いします。」
ぶっちゃけこの人達に興味はない。
誰だっていい。
途中で言葉を遮られたのが癪だったのか。白い女性は頬を膨らます。
少し可愛らしいが早く進めてほしい。
「そう言わないできいてやれよ。じゃねーと進まねーぞ。」
からからと黒い女性は笑う。
まるで他人事だ。
しかし、進まないのではどうしようもない。仕方なく
「では、あなた達は誰なんですか?」
私がそう聞くと
「興味ないんでしょ。」
しかし、白い女性はつんとそっぽを向いた。
なるほど、めんどくさい。
「ほら、拗ねてないで女神様がそんなんでどうする?」
黒い女性の言葉に
「もう!私が女神だってネタバレやめてよ!」
とちょっとお怒りだ。
日本には八百万の神がいると言うがこんなのがいて大丈夫だろうか?
もう死んだ私には関係ないが日本の将来が不安になる。
「もう。私はこの世界の女神。美羅。あなたにお願いがありこうやって場所を作りました。」
日本でなく世界だった。
もう地球は終わりかな。
「美羅?話聞いておりますか?」
私が軽く絶望しているあいだに何か言ったらしい。
ここは素直に聞き直そう。
「ごめんなさい。もう一度。」
私の言葉に仕方ないですね。彼女は言う。
申し訳ない。
「ですから。異世界の女神に助けたいものがいるので魂の移植に使える魂がないかと伝達があったのです。」
「つまるところ、その移植候補が私と。」
「また私の台詞を取る。」
女神様のやる気ゲージがまた落ちていく。
本当に申し訳ない。
「まぁ。そういうこと。簡単にいうと死にかけで消えそうな魂をお前さんの魂で補強しようってのが目的だ。」
私は首をかしげる。
「わざわざ私の許可を取らなくても勝手に使えばいいのではないですか?」
魂がどういうものか知らないしそもそも移植出来ることを知らないがこの話が来ているということは適合できるということだ。
なら、私の意識を消して勝手に移植なりすればいい。
「魂というのはねその人の人格と繋がっているの。」
心でも読んだのだろうか?私の考えていたことにピンポイントな回答が来る。
「あなたの考えている通り人格を消してしまうと魂としては全くの別物になってしまう。それだと適合できないのよ。」
そう女神様は言うが本当かは私にはわからない。
が、そういうならそうだと思うしかないだろう。
でないと話が進まない。
「理解がはやくて助かるわ。」
女神様はそう笑う。
心を読まれるってのは気分良くないな。
「つまるところあなたが嫌だと思ってると上手くいないから。こうやって説得したいわけなのだけど…。」
「もちろん。私の魂で誰かが助かるのでしたらそれで構いません。」
私は即答した。
もう死んでる私。逆にこのこの魂使えば私が生きれるかもとも思ったが生き屍みたいな私が生きてもねと自嘲する。
それが役に立つならそれに越したことはない。
一つ気になるのは…。
「適合後あなたの人格はどうなるか?それは私も分からないわ。」
また先に答えられてしまった。
しかし、分からないとは無責任な。
「しかたねーだろ。前例がねーんだよ。」
ない。なら、なんで…。
「なんで異世界の女神はそこまでしてその子を助けたいのですか?」
私の言葉に女神達は笑う。
「それは教えられません。」
それは女神らしい慈愛に満ちた笑顔だった。
いろいろ気になることはあるがいつまでその子が持つかもわからない。ここで長話して間に合わないでは笑い話にもならない。
「わかりました。移植お願いします。」
私の言葉に
「決まりね。」
と彼女は笑う。
とても嬉しそうにとても申し訳なさそうに。
と、女神様の後ろになんと言えばいいだろうか。
時空の歪み?みたいのができた。
「ここを通れば彼女に会えるわ。」
私はその先に歩き出す。
「ありがとう。美羅。」
女神様の声。
とても綺麗な声だった。
歪みの向こう。
一人の女の子がいた。
私はその子を見たことがある。
白銀に輝く髪の毛。
まだ幼さが強く残る女の子。
夢の中の断崖絶壁を登っていたあの子だ。
体は一部欠損していて今にも消えそう。
なるほど。私はこの子に移植されるのか。
悪い気はしない。
「お姉ちゃん誰?」
うっすら目を開き女の子は言う。
「私は美羅。今からお姉ちゃんがあなたを助けてあげる。」
私が手を伸ばすと女の子も私の手をつかもうと手を伸ばす。
「お姉ちゃん。私と同じ名前だね。」
女の子はそう言って笑った。
「あなたもミラって言うのね。」
私は笑う。
「ひょっとしたら私たちは本当に鏡のように…。」
そこで私たちの手が触れ合った。
今度こそ目覚めることはないのかな。
それはそれで怖いな。
今更の恐怖を感じながら私の意識はまた途切れた。
こんばんは。
春夏冬 悪姫と申します。
連載三本目となります。
同時連載が二本ありながらどうしても書きたいという欲求を抑えられずこうして書かせていただいております。
駄文にならずに精進してまいりますのでご容赦お願い致します。
では、美羅のその後のお話をお楽しみいただければ幸いです。
春夏冬 悪姫より