元カノ様とショッピングデート
なんでよくしてもらえるのかがわからない。
「え、かわいいは正義だよね」
混乱する私にギースはあくまでも朗らかだ。
「マグロちゃん可愛いよね」
かわいい。
「あぎゃっちかわいいよね。暴れん坊なとこも込みで」
うん。同意しかない。
「ハッシーは、一生懸命にかわいいものを守ろうとしていてかわいいよね」
違うと思うの。私は自分の好きだからだ。自分がしたいから。自分が生きていたいから。それは全部自分本位のワガママだ。
「そんな引け目を感じているハッシーは僕にとってはかわいいよ」
店主の人に気遣われ、温めなおしたパタフという魚肉スープに甘白というとろみのある甘い飲み物、パンの実のラスクとオマケメニューに舌鼓を打つ。全体的に甘めではあったけれど、くど過ぎずホッとした。
「嬢ちゃん、世の中悪いことばかりじゃないからな」
がんばんなと店主の人は励ましてくれた。
「どこにだって完璧にイイ存在も完璧に悪い存在もないから知るって楽しいんだ。ハッシーはアイツが拾って気にかけているみたいだし、知ってみたいなって思ったんだー」
茶色のどこか硬そうな髪が同色のケープの上で跳ねる。
「僕はね。僕自身はすっごく凡人なんだ。兄は魔王様やっちゃうほどの超非凡な人だし、元彼なアイツはどこまでも自由に縛られず、馬鹿ほど真っ直ぐに優しい腹黒だし。凡人とは呼べないよな」
なっと同意を求められて頷く。
なにしろなんとなく流されて魔王だし。
「なんとなく流されて魔王軍の一員だろ。ハッシーも」
そんなふうに笑われても、なんだかそう見えるのかと思えるのが不思議だ。
でも、私は死にたくなくてこわくて臆病だっただけだし、それは今も変わらない。ただ、小麦ちゃんに出会った。人懐っこい巨大もふとの時間を素敵にする為ならやろうと思った。人は、こわい。カタチじゃない。ヒトをヒトたらしめるのはその思考だと思える。厳密に分解すれば、私はきっとノンカンさんのことだってヒトとしてこわいと感じてるのだ。
意思を意志を持って私を裏切るのだと。裏切られる前から疑うことで私が信頼を先に裏切っている。傷つきたくないと言いながら先に傷つけている。だから、だから、しかたないとあきらめながら手を伸ばさない。振り払われるのが、切り捨てられるのがこわくて一歩が踏み出せない。
ズルいんだと思う。
「んー、気をつけてもう少し図々しくならないとその日のお天気すらハッシーのせいにされちゃうぞ。それともハッシー、天候弄れたりする?」
「天候!? むり!」
「だよねー」
楽しげに歩くギースがにこにこと私の手を引くから、街並みは堪能する間も無く流れていく。
「よし。ここから先に職人街があるはず。スリに気をつけてもそっと近くにいて。離れず行動するからね」
路地に踏み込み、曲がり道の段差に踏み込んだ途端薄い空色の世界が茶色と灰色に取って代わった。ゴミが落ちているわけでもないけれど、妙に薄暗い。目的は工具である。ガドヴィンのオジサマ方が造る工具は使い手を選ぶし、一度は分解しないとダンマスちゃんはアイテムの複製はできないとのことで(というか、魔力動力さえ複製できるんだということがすごい)市販で入手可能な工具や小物が欲しいという希望である。サビ猫ちゃんのカタログ品は複製禁止呪法がかかっていて再現できないらしい。もししようものならケットシー商会から使用料請求がくるのでやめろとはピヨット君談である。
「旅の必須品を揃えてみてから他も見にいこうねー。食器と調理器具は不要だから楽だし」
路地裏の店舗に迷いなく入るギースの行動に私はついていくのがやっとだ。
革の背負い袋(隠しポケットや留めたり吊るしたりしやすいように作られている)、ロープ、カンテラ、蝋燭、油の小瓶。チョークに発火の魔法具、頭がロープを通せる輪になっている釘に打ち付ける用の木槌、革の鞘に納められたナイフ。薄っぺらい水筒。それらを並べて「基本的な装備はこれくらいだね。あと数本金属の串があると便利だね。別の店になるけど、寝床も兼用するマントはしっかりしたものがおすすめだね。あと傷薬はちゃんと入れておくのが正しい旅準備品だよ」と店員のお姉さんがひろげて見せてくれた。
「普通はこれに鍋やカップ、非常食を添えるね。そっちも別の店に行っとくれ」
「結構、品揃えしっかりしてるー。おすすめの薬屋と武器屋は紹介してもらえる?」
ひろげていた一式によくわからない輪っかと釘をいくつか足して支払ったギースに店員のお姉さんはいくつかの店の名前と紹介状だと言ってカードをくれた。