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元カノ様とデート

 空色の石畳み。薄い水色と白で舗装された道。白壁には鮮やかな緑の蔓がまとわりついて目に優しい。


「素敵な街だと思わないかい?」


 くるりと振り返ったリア充上司様の元カノ様が笑顔で私の手を引いた。

 湖畔の街ルテラムは職人の街だと教わった。


「よーし、世界を見にいこう。行くよ橋守りちゃん!」


 唐突に訪れたリア充上司様の元カノ様に引かれて私は連れ出された。吊り橋製作中のリア充上司様は「お、いってこい」と言った後、元カノ様に財布をぽいと投げて、元カノ様も気楽に「軍資金、っいっただきー」とちょっとわからないテンションだった。


「とりあえず、元カノ様じゃなくてギルナスだから、そうだねぇ、ギースとでも呼んでくれたらいいかな。ギルナって兄弟もいるしねー。とりあえずとりあえず、ハッシーって呼ぶから返事してね!」


 そんな明るくも一方的な宣言の上で私はハッシーと呼ばれている。

 白い紐で組み上げる木底のサンダル。白く通気性の高い巻きスカート(踝丈)の下はぴったりサイズのショートパンツ。「大きく動いた時にチラ見えするのがちょっといいだろう」と悪戯っ子ぽくギースは笑っていた。ちなみに色違いのお揃いである。「双子コーデっぽくてイイよね」と。違いは色と毛皮の首巻きをしている私にぴったりめの長袖ボレロ。ギースはふんわりケープでパッと見にはお揃いだとは思われなさそうではあるけど。渡された鞄はボレロの下で肩から斜めがけ、あまり揺れないように腰あたりでベルト固定。それがスカートの生地のあわせ部分を押さえてくれている。周囲を見回してもよくある着方のようだった。つまり外見で目立つことはない。


「行こう」


 白に緑の映える街並みは清潔で自分がいていいのかわからなくなるくらい鮮やかだった。ドアの横にはめこまれたマークを示してギースがひとつひとつ「ここは酒場」「ここは古着屋」「こっちは雑貨屋かな」と説明してくれる。

 店内を冷やかしてははしゃいでいろんな説明をしてくれる。そして「軍資金はあるからね」と言ってくだらないかわいいものを買って私に押しつけるのだ。そんな様子にどこの店の店員さんもつい微笑んでしまうようだった。「布地屋だよ」と言って連れていかれた店では一緒になって私を着せ替え人形にするほどだった。


「だって、ハッシー、僕は目が悪いから細やかなところは助けてもらわないとダメなんだよ」


 手を引くギースから声が届く。

 私は口に出していた?


「出してた。って言うと嘘かな。表層的なものは触れていると聞こえるんだ。手、はなす?」


 つまり、リア充上司様とかそう呼んでたことがバレバレだと!?

 ギースは弾けるように笑う。周囲の視線を一瞬引いたことは気にならないらしい。


「うん、気にならないかな。面白い子だよね。ハッシーは」


 酸欠になるぅと呻きながら料理店へのドアを指差す。そこまで笑うようなことだったかな?

 店の中は丸テーブルがいくつか、そして数席のカウンター。ギースは迷わずカウンター席を選んで引っ張っていく。


「営業中ー? 軽い飲食がしたいんだけどー」


 カウンターの向こうその仕切りの先から「おー」と返しがある。


「今日はパタフとトッカーナがオススメかな」

「パタフは魚肉のスープ。トッカーナは木の実と葉物の焼き物だよ」


 名前を告げられてもわからないでいる私にサッとギースが教えてくれる。


「パタフかなぁ。この辺の魚は脂のっていて美味しいし」

「そっちのお嬢さんもかい?」


 ぬっと現れた店主らしい男に私は慌てて頷く。


「そーゆーことでよろしくー、刺激控えめ希望ー」

「刺激つよくねぇよ。なんなら甘白でも追加しな」

「じゃあ、追加で」


 店主と軽やかに会話をこなしてから私に向かって笑いかけてくる。


「甘白っていうのはお茶の一種で白くて甘いものをさすの。ただ地区によって原料が違うからこれはこれで冒険なんだー」

「そっかぁ」

「ね、人が増えると一気に存在消そうとするよね。コワイ?」


 軽やかな口調と笑顔がコワイ。

 なにがコワイとかではない。周りにこわい人やなにかがあるわけではなく、ここは少し注意して過ごしていれば大丈夫だとは思える。だけど、こわい。


「あー、ごめん。脅かすつもりじゃなかったんだー。あそこじゃふつうのひとたちの暮らしとか雰囲気とかわからないからさー、外も見てほしいって思ったお節介なんだ。余計なお世話ってやつー」


 てへりとゆるい笑顔が私になにも言えなくさせる。この世界の人は本当にわからない。自分が、どうしたいかが、わからない。


「外なんて知らなくてもあそこでは生きてけるし、大好きも得れるよ。だってみんな好きでしょ」


 ゆるんだ声はゆっくりしみてくる。カウンターの木目に濃いシミができる。


「でもね。外も、そう、他の場所にもなにかはあるんだよ」


「なぁ、泣かせてて飯食えんのか?」

「うっわー。美味しそうー。ハッシー、食べよう。あったかいうちがきっといいよ!」

「いや、待て。お嬢ちゃんはそこから裏行けるから顔洗ってこい」

「え、行ける? 大丈夫? 早く帰っておいでよ。えーっとついていこうか?」

「アンタは食ってろ。……ゆっくりでもいいぞ。温めなおしぐらいしてやるからな」


 どこか笑える状況に私は一人、顔を洗いにいった。

 余計なお世話だと思う。だけど、それはイヤじゃなかった。

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