悪夢とゲンジュウロッカー
「じゃん!」
リア充上司様が明るい声と共になにかを掲げあげた。不意打ちの明るい声に視線が集中する。だって、ほら、胡散臭い。
「見よ。これは我が友人偉大なる魔道具師が創り出せし便利グッズ、『ゲンジュウロッカー』だ。さぁ、異界からの侵入者よ。消滅かロックされるか選ぶがいい!」
ノリノリ発言がアヤシイ。
「主人様、オトモダチはお選び下さいませ」
リア充側近様が足により力を入れたようでした。
ぽんぽぅんと向日葵色の鞠が天井を跳ねる。
黒髪の少女が鞠をぽんぽぅんと投げては受けとめを繰り返している。
鞠が赤に染まる。
「カノコ、カノコ。起きておくれ。ほぅら、おまえの鞠があそこにあるよ。カノコ。カノコ。そばにあると約束したろ」
異形が動かない黒をゆさゆさゆさゆさと揺さぶる。抜け殻は動かない。
「カノコ。カノコ。どこに遊びにいったんだい?」
命のおわりを理解できない異形がぐるり黒を抱きこんだ。
メシリぱきりと軽い軽いどこまでも軽い音だけが響きわたる。
「カノコ、カノコ、カノコカノコカノコカノコ」
喰われていく。
ひどく、夢見が悪かった。
意識も痛みもないのだけれども、骨を折られかじられていくことを知覚している。そんな夢はとうてい良い夢とは思えない。
『カノコ』
「なによ」
うるさいと反射的に声が出ていた。
『いけません!』
叱責するノンカンさんの声。
『カノコ。みぃつけた』
みしりとなにかがしなって空間が闇に裂けていく。そんな光景に私はこわいとかなんだかもなく唖然と見守ってしまう。
その後、私はノンカンさんに知らない呼びかけに応えてはならない(ろくなことにならないので)と叱られ、訪れたリア充側近様にも危険を招き込む(よりにもよってリア充上司様の手を煩わせるなんて)とはと注意され(今後このような、つまりリア充上司様のお手を煩わさないよう不始末を減らすべく)呪術や契約の基礎入門書だという本を積み上げられた。
リア充上司様は苦笑しつつもおっさんと小麦ちゃんにシメられリア充側近様に踏まれている闖入者を眺めていた。
「カノコ?」
リア充上司様は不思議そうに私を見てそう呼びかける。もちろん、私の名前ではないので否定する。
「違います。そんな夢を見てただけです」
『我はカノコを違えたりせぬ!』
「あなたの発言は許可されてません」
リア充側近様がグッと闖入者の頭部を踏みにじる。
カノコって誰だろう?
その疑問はその夜、眠ってから解けた。
「わたしです。カノコはわたしの名前です」
ダンコアちゃんが困ったように呟きダンマスちゃんの後ろへ隠れる。
「ごめんなさい」
「呼んだの?」
「いいえ。思い出したくはなかったです。今わたしはマスターと一緒だから」
きゅっと寄り添う少女たちに萌える。可愛いめっさ可愛い。
記憶が夢という形で私に流れ込んだらしい。しかたないよね!
不可抗力!
「そういえば、コアちゃんはカノコちゃんっていうんだ?」
「いいえ。それはわたしがわたしになる前の名前でわたしはいけにえに捧げられてイケニエという名前でだけ呼ばれてましたマスターは、わたしをコアと呼びます」
意味がわからない……。
「魔力アタリは大丈夫か?」
リア充上司様に問われて私は意識を取り戻す。
「よく寝れますよね」
呆れたようなピヨット君の声。それでも差し出してくれた水は凍った果汁を入れてくれていた。
黄色い視線を感じる。ダンコアちゃんをしに至らしめる抱擁を果たした異形の主。自らの目玉を鞠として与えてしまうような明らかに大きすぎる価値観の差。なぜ、異形はダンコアちゃんにこだわったんだろう?
一口含んだ水気を嚥下する。
「なぜ、此処にきたんですか?」
この異形は私のように迷い込んだのではなく、自分で追い求めて来たのだ。
『我はカノコと共に在るのだ。カノコを見つけ共に在るがするりと正しくある。人はすぐ欠ける。今をさけば思い出そう』
随分と喜色の含まれた声なき声はぞわりと怖気を走らせる。なにをさくというのだろう?
夢の中で『共に在る』ために『カノコ』を喰っていたのではないだろうか?
向日葵色の目玉が私を見上げている。此処にいて此処にいない『カノコ』を求めて。
『カノコ』
向日葵色の目玉が私にむけられている。潤いとは無縁に思える目玉が私を見ていることがわかる。
見られている。探られている。こわい。
ぶぎゅると妙な音がして視線が消えた。リア充側近様が踵に力を入れたようだった。
痛そう。
『我はカノコのそばに在るのだ』
向日葵色の目玉の異形はただそれだけを心に募らせる。