悪酔いと状態異常
ギンッ!
防御の結界魔力を帯びた蔓が何か鋭利なものを防いだ。
『あギャッ!』
目の前には小さな動物がいる。大きな耳をピンとたて、胴から出た中足でねちょりとした足場をかき、肩から伸びた前肢を振り上げるリア獣上司様と同じ形でどこか毛艶の悪い別個体が。
ぁあああああっ!
ブラッシングしてあげたいぃいい。
「父から落ちたら食肉植物に受けとめられて喰われかけてるって何やってるんでしょうねっ。ちなみにあのあぎゃ様もどきの狂兎は領主様を助けたわけではなく、食肉植物から獲物を掻っ攫おうとしただけです! あいつら低脳凶暴脳筋戦闘狂のクセに魔法耐性強いんですよね。腹立たしい。ということで有効なのは一撃必殺です!」
一気にまくしたてたピヨット君が手のひらに放電するぐらいの魔力を集めていた。過激だと思う。特に発言が。
でも、でもね。
「ブラッシング、したい!」
「は?」
引き留めるようためにピヨット君の腕を掴んだ私を有り得ないモノを見る目で見るピヨット君。集中がほどけてしまったのか集積された魔力がぱっと霧散する。
「だって、汚れちゃってるけど、あの子、ブラッシングしたら絶対可愛くもふっとする! ぜったい、かわいい!」
「え、本気です? 領主様? え、ブラッシングしちゃうんです?」
「する!」
『アギャぁ?』
もふもふが爪をカチカチさせながらコテンっておっきい頭をコテンって!
うっわ悶える。かわいい。
「威嚇です。爪を鳴らしているのは威嚇です。領主様、あれはいーかーくー」
焦ったようなピヨット君の声が聞こえてはいたけれど、食肉植物の分泌液にまみれ(私もだ)ツヤツヤした爪をカチカチ鳴らしながらこっちをじっと見上げる(サイズが肩乗りできる大きさだからね)きゅるんと潤んだような大きい目。そんなもふかわいさにうっとりする。
「かーわーいぃい」
いつの間にかきていたらしいノンカンさんの金属糸をその爪でスパスパと切り落としていく。
しゅるしゅるとノンカンさんは角度を変えて拘束の糸を放つ。
「ノンカンさん?」
多方向から糸が放たれて見えるけど、分身?
『領主様は危険生物に近づかない!』
いきなり目の前に降ってきたノンカンさん(たぶん)に叱られた。
リア獣上司様じゃないし、たぶん攻撃意志をもって私を見ているなとは思う。今、その大きな目はノンカンさんの姿を追っているけど。
「狂兎はより強い対戦相手に惹かれるんですよ。これだから脳筋戦闘狂は……。お怪我ありませんか? 乗りだし過ぎて落ちるなんてマヌケですよねー」
切り替えたっぽいピヨット君ムカつく。
「もう、よいな」
ひよ様の声と共にリア獣上司様もどきが四つぐらいに分割された。
にぶい水音が風や鳥の声にまじった。
ずるりずるりと植物の蔓が肉塊を引き寄せていく。
「吊り橋守りは魔王様が定めし支配者である。爪を向ける不忠をひよが許す訳にはいかぬ。吊り橋守りも弁えよ」
感情の読めない眼差しときちんとひかれた線引きにスッと頭が冷える。
どこから混乱していたのかといえばきっと空を飛んでいたところから。捕まえられない自分の感情に気がつくことができていなかった。
「吐きます」
血臭とか落ち込んだ気分とか自省の心とかがもろもろ込み上げてきた私はその場で吐いた。
「吊り橋守りっ!?」
ひよ様のちょっと慌てた声が申しわけなかった。
あとでリア充側近様によると食肉植物が放つ麻痺薬に浸っていた影響も多いと説明された。
べたべたなあの粘液である。
多幸感を促す成分が強いからなぁとおっしゃったのはリア獣上司様を引っ張っているリア充上司様。その時の気分どうだったとか言われても、ただひたすらにリア獣上司様もどきをブラッシングしたかったって正直に答えた私に爆笑するのは酷いけど、他人事だったら私も笑ったかなと思う。
「ま、気圧酔いもあるかもな」
「気圧酔い?」
「結界を張ってはあったろうがヒトが受ける影響すべてを相殺するほどとなるとかなり精密さを要求されるんだよ。誤差程度の影響は体調でも変わるしな」
落ちる前にも吐いたんだろ? と言われて不調に不調が重なった部分もあるのかと頷いた。
「アレは揮発性も高いし匂いで飛ぶものも引き寄せようともするから本当に喰われるとこだったんだろ」
さすがにそれは笑いごとじゃないと思う!
中毒性があるとかで解毒しきるまでリア充上司様宅でお世話になりました。
最終北の姫による回復魔法でしたけどね。