サビ猫ちゃんと新商品
人の街で買い物ができるかとサビ猫ちゃんに聞いたのは雑談の一環だった。
「お客さんに物品売買交渉ができるならできますよ?」
無理でしょというニュアンスで返事が返ってきた。
カードを指して「代用通貨は外では使用できませんから」と続いた。代用通貨?
ここで支払いに使われた金額はリア充魔王様の元で精算というか換金可能らしい。
「通貨や貨幣価値というものは大地の隆盛のようなものですからね」
はてと思うと大地は流動し、それに合わせて街はたやすく失われるという現実をもってアテにならないという意味らしい。
「貨幣価値は信頼があってこそです。デザイン的に価値もある貨幣ならともかく」
つまりリア充上司様は信用度が高いので得体の知れない代用通貨の使用が認められてるらしい。
アレで人望あるんだなぁと思う。
「風の魔王様は千、万の単位で復帰の多い方ですから信用度は絶大ですよ。その上、前世の債務もあたりまえに支払ってくださいますから!」
サビ猫ちゃんがほくほくしていた。
リア充上司様、上乗せされててもわかんないんじゃない?
利息とか言えば払ってそう。
物々交換で価値ある物を出しその集落で使用されている通貨をおつりとして得てから買い物にいくのが一般的で、かつ騙されやすい手法らしい。おっさんは素知らぬ顔で騙されたおぼえはないと自慢する。おっさん、怖そうだもんね。
「首の一本も出せば買いもんは大概事足りてるなぁ」
首!?
ばっと集団でおっさんを見た。
「次いつ落とされますか!? 高く買い取りますよ!」
サビ猫ちゃんの食いつきは激しかった。
「あと、絶対にぼったくられてますからね! ウロコ一枚でもそこそこいい値段弾きだすんですから! あああああ。首一本丸ままだなんて! なんて商材!」
「し、しばらくは予定してねぇよ。金にも困っちゃいねぇ」
さすがに引き気味なおっさんである。首落とされて死なないのがインチキくさいんだけど。え。まさかそれが普通?
見回すとピヨット君が「彼が特別な種族なだけですよ」としっぶい顔で教えてくれた。
「すべての首をほぼ同時に落とした上で魔核を破壊しなきゃいけないんでしたっけ?」
「落とせるもんならやってみろとは思うなぁ。今は七本首だし、回復首と蘇生首があるからな。簡単じゃねぇぞ?」
ピヨット君の問いににんまりと悪い笑みをのせたおっさんが挑発してくる。
「落とすなら何首なんですか?」
ぐいぐいとサビ猫ちゃんがおっさんに迫る。おっさんいいなぁ。
「落とすなら、か。そうだなぁ」
ぐぅっと背を反らせて空を仰ぐおっさん。
「呪咀首かな。他の首でも代用出来るし使ってねぇからやり直しも悪くない」
訓練は忘れちゃいけないと忘れていればいいのにと思うことを言うおっさんである。
「つまり、今は手にいれることができないんですね。もし、機会がありましたら是非呼びつけてください。指名されればその権利を得れますから! 高額取引です!」
「お。命の危機を救われたんなら首の一本、二本は惜しくねぇし、優遇してやんよ」
「もちろんお約束致します!」
サビ猫ちゃんは鼻息も荒く満足そうだ。おっさんの命の危機って……。
それはともかく。高機能炉が欲しいのだ。しかし、食料品をおろしてると言ってもそこまでの貯蓄もローン返済能力もまだない。
まぁ、ひとつ手に入れたら次次と欲しくなる気もするのだけど。つまり資金足りてない。あたり前だ。最初の三年は下準備にまるっと充てたいのに展開が早過ぎる。
安定の売り物といえば、小麦ちゃん粉にカエルのチーズ。マシュポウの粉末。その三種を混ぜて焼いたクッキー。このクッキーは水気が無くてぱさぱさのもそもそ。食べ方としてはスープに浸すか、蜜果につけてふやかして食べるらしい。そのままはツライ。あくまでも簡易保存食の類だ。
蜜果酒はまだ量が少ない。
鉱脈の鉱石は採掘量を考えてからでないと売りには回せないと話し合いがされている。
産物としては弱いのだ。
「ボロネーゼ、魚の腹から採取した真珠玉があるんだが? ヒカリモノ好きだろ」
クイック・クックがおもむろに取り出した袋からころりと幾つもの真珠玉が転がり出る。どこか歪な、いわゆるバロックパールだ。
「おそらく水中狩りを進めればまだ手には入るだろう」
「個人販売でなく、領主権限の扱いでいいんですか?」
「コレはこの地で採れた物だ。悪いが、形、見目の良い物は先に我らが装飾用に使ってるからそれ以外を環境改善に使うことは当然だ」
いわゆるショバ代ですねとピヨット君が言う。
普通最上品を献上しましょうよと苦笑いだ。
「水棲の産物が増えるわけですか」
サビ猫ちゃんがヒゲを揺らしている。やはり興奮気味だ。
「特産料理も増える」
クイック・クックが得意げにない胸をそらす。
最終的に高機能炉は数日内に納入してくれることになった。生存率の向上と将来性を見込んでの初期投資ローンらしい。
「真珠玉の価値は?」
「残念ながらその真珠玉では普段の産物に足しても割り引いた上の一割にも満たないです」
技術商品は高いのだと思い知らされる会話だった。