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迷宮を行く

「ガドウィンのもとで修行できるって言ったらどうする?」


 そんな発言をしたのは魔王城の料理人のひとりクイック・クック。

 東の地を支配地として預かるフィアナ様の取り巻きのひとりであり、我が友人であり、厨房で使う機材すべてを作らせてくれたいい奴だ。

 未熟な見習いの作った機材をどれほどの相手が使って不具合を教えてくれるだろうか?

 魔王様の支配地は魔王様の魔力とその取り巻きの発する魔力で土地が割れない。

 変わらずそこに住み続けることができるのはとても奇跡に近い。

 ヒトの技術者の多くはいつ壊れ、割れるともしれない土地で技術を失わないために知識をつなぐ。

 必要な知識は膨大で残される資料は欠けていく。

 金属を溶かす炉に必要な物を作る手段だったり、溶かす時に使う素材だったり、必要な温度の資料だったり。最適な技術知識は失われれば再現にひどく時間がかかる。

 そして、土地はいつ割れるとも知れない。

 魔王様の魔力で安定した土地は知識を溜め込む。勇者が破壊しに来るその日までは。

 継続した知識を持っている場所で手習いできている幸運。同時にあることがあたりまえな場所で必要な物を作る手段は誰かがするのが普通な世界。

 下っ端の才ある同輩の前では雑用係に追いやられる。欠けていく知識を習えるところへ行きつけない。

 ガドウィン達は地の妖精。そして、技術の探求者にして教授するもの。


「そんなこと決まってる。師匠に頼んで弟子入りさせてもらう」


 機会があるのなら。


「南の吊り橋守りの領地に誘われたの。アンタもどう? アソコガドウィン達が今仮宿にしているし、防衛前線になるはずだから武器道具の作成要員も急募のハズでさ。どう?」




 領主に挨拶することなく、迷宮に案内された。

 降ったりやんだりの雨に左右されない迷宮内にホッとする。


「工房は自作しろってことになると思うからとりあえず適切な場所自力でガンバ」


 クイック・クックに渡された弁当片手に歩き出す。

 自然にできた洞穴であるかのように整えられた入り口。山ネズミの縄張りであることを示すかのような引っ掻き傷がそこかしこに見える。

 土ぼこりの上に残された足跡はよく見ればヒトのものも混じっている。

 これが領主の足跡だとすれば。もし頻繁にこの辺りに来ているとすれば。

 橋が復活するのは秋だという。

 今日明日ではないとはいえ、言うほど先でもない。

 ならばと香りの強い香炭を迷宮の入り口で軽くいぶす。

 この香炭はマシュポゥ忌避剤でもある。

 持続は三日ほど。

 マシュポゥ避け以外の効果は魔力痕の削除。もちろん、場に組まれている魔法を消したりはしない。いつ誰がここを通ったという魔力痕跡を消し魔力で個人特定されることを阻害することが目的の香だ。

 橋が復活してヒトの出入りが増えれば混ざりあって特定が難しくなるが今は種族魔力から個人特定すらされかねない。

 専門家がいきなりくるとも限らないが、こないとも限らない。

 安心して工房で修行に勤しみたいなら懸念は少しでも削っておきたい。

 充分に匂いを身につけてから奥へと進むことにする。

 足を取られそうな穴ぼこや行きどまりかと思えば横に戻るようにのびる道。一本道だ。

 ときおり低い位置や高い位置から視線を感じる。

 ネズミと蜘蛛の姿がサッと動いた。

 何度か折り返すような土の荒い道をゆく。このあたりは立ち止まることは考慮されていない。

 この狭さで戦闘になればヒトは動きにくいことだろうし、後続がいればすれ違うことすらままならないだろう。場所によってはマシュポゥの胞子やワームの粘液で足を取られることもある。

 同時に相手が集団だった場合、後続が次々くるということだ。初回以降は対策されるだろう。

 たとえば、魔法攻撃で一掃してから進むとかだ。

 足元の崩れやすさを確認しつつ先に進む。しだいに土と岩の洞窟が木枠のある整備されたものに変わってゆく。

 木の板や丸太が敷かれガタガタと安定しない。そんな床が完全に石だたみに変わる頃、そこはすでに石造りの迷路になっていた。

 大柄のヒト一人なら不自由のない広さ。剣は振るえても槍はつかえそうだ。ここまでくる洞窟は大きな振りすらしにくい空間だったことに比べれば改善されてはいる。

 そして、ときどきスライドする床材が混じっていて足元を気にしていると肩のあたりに金属糸が触れた。

 っんと息を飲む。

 自分の種族でなければ死んでた可能性が高い。体の厚みの半分くらいまで入りこんだ金属糸を引き抜き捨てる。

 カチリと蜘蛛が自己主張してから去っていった。

 進めばわかれ道もある通路とところどころにすこし広めの踊り場。三ヶ所にひとつの割合である水場。飲むことの可能そうな水の流れは細く溜まることなく流れてゆき、水欲しさに悶着すらおきかねない。ここにマシュポゥたちがあれば飲めるかすらあやしくなる。菌糸が水に潜んでいる可能性が高いからだ。

 比較的単純な造りの迷宮の二階部には広い広い空洞がひろがっていた。

 上の方に外部からの侵入口があったけれど、まずは香炭をばら撒いて燻した。個人魔力こごりすぎだろう!?

 魔力の質がこの辺りに多い魔獣と違い過ぎて目立つ。鼠や蜘蛛、ワームにマシュポゥは魔力放出が希薄で背後をチョロついていようが見逃しかねないが、吊り橋守りの魔力は少し異質で目立っていた。

 広い空洞は何度か戦闘を繰り広げた場所なのか荒れた感じを受け取れた。なんかピクニックベンチっぽいスペースもある気がするけどな。

 ちょいとイタズラっ気を起こして凍りつかせればチビ鼠たちがぎーぎー不満をぶちまけてきた。


 適度に無視して薄暗く長い通路を行けば転移陣での移動。土壌質は気になるものはなかった。

 仕掛けられた金属糸をなにかに使えないかと手遊ぶ。

 フッと視界が開ける。

 洞窟内なのにそこは密林ジャングルだった。

 ガドヴィンらしきおっさん達が乱雑に伐採した木々を確かめていたりする。


「ぉ? 坊主、そこ危なかぞー」

「へ?」


 間抜けな声をもらした次の瞬間、火が舞った。

 ほぼ全力で周囲を氷結させたがへたんと尻を泥に沈めた。


「ビビった」


 地面は凍っておらず、ぬかるんでいる。それだけの火力だったはずだ。

 ブンブンと頭上を飛ぶのは吹雪蜂。どうやら冷却を手伝ってくれていたらしい。


「ほぅ、空姫蜂が進化したか」

「小僧っ子、燃すからそこからはよ避け」


 おっさん達が手招く。


「環境変化に対応できるようにな」

「焼肉じゃああああああ!」

「祭りじゃあああああ!」

「炙り蜜果はサイコーじゃああ!」


 一部は冷静だけど、基本はお祭りのようだった。

 広範囲が燃え尽きて足元が灰と炭でぐずぐずになっている。


「甲虫の外殻は存外残るのー。奴らなに食っとるかね?」


 おっさんたちの話題はワームの生存率やケダモノの耐火力、大地蜂の生存域地質の粘度硬化率と多岐に渡っていた。焼け跡から拾い上げたものを時々くちゃくちゃやりながらである。


「ここの土ではまだ炉が作れん」

「しかし、まず燃料はここで稼ぐが良かろうが」

「混ざりが足らんぶんはのぉ」

「小僧っ子、冷し魔法はようやったぞ。混ぜは大事よ」

「炉が、できない?」


 え、待って。鍛治を習いたいのに炉ができない?


「鉱石は有るが加工するには対魔力の高い炉の素材が必要だ。この辺りの土地は魔力は多く含んでおるが混ざりが悪いのよ。なまじ魔王の大地なだけに撹拌されとらんからのぉ」

「外だと外だで素材として集められる量が僅か過ぎて百年はかかるがの」


 気にしたふうもなくおっさん達がガハガハと豪快に笑いあう。

 土の沈澱そこに含まれる動物の死骸植物の残骸。金属に不純物。その混ざり合いに不要成分はなく積み重ね圧縮していく必要があるのだとか。


「炉を設置するなら温泉側がええのう。小僧っ子、いいとこ見つけたらわしらの弟子っこにしてやってもええぞ」

「ぜひ!」


 場所を定めて来ますと叫んで駆け出していた。少しばかりいけば闇の妖精ヴィガがひょこっと現れて先導をはじめた。

 ヴィガは手に持った袋から時々なにかを周囲にばらまく。その度に周囲に焦げくさい臭いがひろがる。森の燃えカスを撒いているようだった。

 少し進んだ先には巨大なワーム、道の半分をふさぐような巨体に唖然とする

 生かすか始末するかの二択ならこのワームは現時点では始末だろう。腹のなかでまだ蠢いている捕食物があるらしいから二段戦闘かもしれない。

 凍らせて叩き割ったらマシュポゥにまとわりつかれたヴィガが転がり出てきた。

 そして二体のヴィガに先導されまた歩き出した。


 水晶鉱脈をぶち抜いた洞穴は入り口だったあの穴が本当に隙間穴だったと思えるくらいに広かった。細かな路はいくつもあることが伺えたがそこそこの巨人や魔獣が動くのに難を感じない広さは維持されていた。

 水の流れが有り白い手がひらめいた。

 水妖たちだ。

 クイック・クックの取り巻き達だろう。

 お弁当の提供を受け、周囲を凍らせてほしいという依頼を受けた。持ってきた水草の育成に温度が高すぎるらしい。

 とりあえず、食ってから周囲を凍らせてみた。広すぎるので全体をしっかりとは無理だが体感温度は下がっただろう。

 涼やかですごしやすい。

 ヒトにはこの水晶窟は魅惑があるのかもしれない。そんなことを思いながら足を進める。温泉地があるはずだから、とりあえずはそこまで。

 不純物の少なそうな地底湖の表層を凍らせて道を作る。他のルートもありそうだが直線を選ぶ。後ろでヴィガが相変わらず撒いている。水が泡だった。

 バキリっと氷にヒビが入り、広がっていく。

 慌てるヴィガ二匹をひっ掴み、前方を凍らせながら走るハメになった!

 地底湖の一部がぼっこぼっこと泡だっている。水妖達が指を指して笑い転げている。ヴィガ達は撒けなかったと落ち込んでいる。カオスか!?

 いや、入り口からこっちカオスだったな。

 周囲はぶち抜いただけの洞窟でいくつかの方向に路がある。掘ってる最中に交差を繰り返したようだった。

 かなりの距離を歩いただろうか、途中鉱脈の露出部も見つけてかなり興奮した。さすがにマグマ流れを見下ろした時はゾッとしたが。

 温泉を見つけた。

 時々気泡を吐き出すぬかるんだ地面。金属の甘い匂い。充満する空気は抜けどころを求めて渦巻いている。

 この濃密さは呼吸生物を殺すだろう。

 濃密な魔素をも含む空気を少し圧縮冷凍し、ぬかるみに沈める。底は意外に深く氷はいくらでも沈んだ。


「空気を薄くしすぎだ。ヒトが来たら窒息するぞ」


 顔見知りな地図職人ヒドラがにゅっと顔を出した。

 薄くしすぎではあっても元々ヒトが来たら魔素あたりに呼吸器を焼く毒で死ぬと思うんだけど。


「ここに工房を作りたいんですけど」

「じゃあ、材木いれっかー」


 そう呟くと天井をぶち抜いた。ガンガン落ちてくる破砕片はグッと圧縮され小さな石に変わっていく。硬度や頑丈さは高い石だ。小さいといってもヒトが寝台に使える大きさが多い。元の大きさからすれば小さいけれど。

 まさか日の光が差し込むほどにぶち抜くとは思っていなかったから驚いた。

 ばさばさと降ってくるのは乱雑に引きぬかれた森の木々。材木というか生木だ。小鳥や羽虫、そこを巣にしていた小生物達がいっしょくたにふってくる。真っ先に地面についたリスは枝葉から一歩踏み出したところで苦しんで死んだ。ヴィガがひょいと手を伸ばして臨時のおやつを喜んでいた。致死の空気はまだ足元に漂っている。弱いものは死んでいく。落下で生き延びても致死の空気がある。それを乗り越えることができた個体だけが生き残る。


「燃す用の枝を落としておくといい。水気抜きはできるんだろう?」


 与えられた作業を進めながら地図職人による大雑把な整地作業を見守ること頂点だった日が暮れるまで。


「温泉には木製の枠と石の枠がいいらしいからな!」とか、「仮設の炉は作っとくぞ」とか、「ちょいと宴会できる寝床作っとくか」とか言ってちょっと、とか仮のとか言う言葉を裏切るものを整えていっていた。

 天井を見上げれば青空が見える。


「じき埋めるが空、ほしいか?」

 直通で作業場と外が繋がっているのはマズイだろう。

「透明天井仕込むという手もあるからな」

「ガドヴィン達は日光得意じゃないはずじゃあ?」


 ここを拠点にするのは彼らだ。

「ふむ」ぼやいて周囲の土壁をかき混ぜる地図職人が「よし」となにか決めたようだった。


「小娘に挨拶まだだろう。行くぞ!」


 は!?


 そして地図職人はとある部屋に特攻して「乙女の寝室!!」と罵声を浴びていた。

 怒り狂った黒髪の少女は異界から訪れた南の吊り橋守りだった。

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